深夜、夜一時は過ぎた頃だろうか。
緑豊かな大学の構内を、二人の男女が歩いていた。
「いっけねーっ、だいぶ遅くなっちゃったな」
「ほんと、疲れたよねー」
「あんなめんどうな課題出しやがって。あんなのできるかって」
「でも、何とか徹夜せずにできてよかったじゃない」
小林裕紀(こばやし・ひろき)と黒田真希(くろだ・まき)は、同じ研究室に所属する大学四年生。
ゼミで出された特別課題に手間取り、やっと終わらせたときは夜零時を回っていた。
夜道を女の子に一人で歩かせるのは危険だったこともあって、
裕紀は、アパートと反対方向ではあったが真希を家まで送る事にした。
「ねえ、あれ何?」
ふと、真希が林の奥の方にある何かを指差した。裕紀もその方向を見てみる。
普段何もないただの林のはずなのだが、その奥には真っ暗な夜でもはっきりわかるような、
妖しげな紫色に近い煙のようなものが地面から上がっているように見えた。
「なんだろう?ちょっと行って見てみようか」
「やめとこうよ、なんだか怖いし」
「大丈夫だって。ちょっと見てくるだけだから」
「やめたほうが良いって・・・あ、ちょっと待ってよ〜」
真希の制止も聞かず、裕紀は勝手に林の奥に入っていってしまった。
慌てて真希もその後を追いかける。
ほんの肝試し程度のつもりだった裕紀だが、
この行動が彼らの運命を大きく変えることになるとは、この時は知る由もなかった。
「もう、待ってって言ったのに・・・何なの、これ?」
「何だろ・・・この石の中から煙が出てるみたいだな」
裕紀の言うとおり、何かの拍子に割れたのか、サッカーボールくらいの大きさの球形の石が真っ二つに割れていて、
その割れ目から紫色の煙が吹き出していた。
裕紀、もう帰ろうよ・・・」
真希が裕紀の袖を引っ張ったその時、どこかから何者かの声がした。
「フッフッフ・・・久々の獲物だわ・・・」
「きゃっ!」
「誰だ!!」
慌てて周りを見回す裕紀。しかし、周りには誰もいない。
構わず何者かの得体の知れない声が続けた。
大抵の人間にとって生理的に受け付けがたい不快な声だ。
「ほう、男と女か・・・その女、近頃の女にしては珍しくなかなかいい魂を持っているようだな。さぞ居心地も良かろう」
「いい魂?何の事だ?おまえは何者だ!」
「ねえ・・・何なの・・・いったい何なの!!」
「大丈夫だ・・・俺の後ろにいろ」
パニックになりつつある真希を何とかなだめようとするが、その裕紀の手足はブルブル震えていた。
「気に入った・・・復活の準備として、まずはその女をいただこう」
声とともに、辺りに漂っていた紫の妖しい煙が徐々に一箇所に集まり、裕紀の後ろにいる真希に向かって集まってくる。
「何だ?どういうつもりだ?おい、やめろ・・・!」
「いや・・・・やめて・・・やめて・・・いやーーーーーーっ!!」
「真希ーー!!」
両手で必死に煙を追い払おうとするが、その抵抗もまったく意味をなさず、真希の全身にその煙が吸い込まれていく。
同時に、真希の意識はそこで途絶えた。
「うふふふふ・・・」
真希がゆっくりとその目を開けた。
「おい、大丈夫か、真希!しっかりしろ!」
裕紀は必死に真希の両肩をゆすった。
裕紀のほうも、半ばパニックを起こしかけていた。
「良かった、気がついたか」
ゆっくりとその顔を上げ、裕紀の目を見る。
しかし、その目つきがどうも真希本来のものとは違う。
どこか鋭く、それでいて妖しげな魅力があった。
裕紀はそんな事には構わず、安堵の言葉を発した。
「何か変なことになったんじゃないかと心配したんだぞ」
だが、真希から返ってきたのは、予想外の返事だった。
「この女の体はいただいたわ」
「なんだって?」
呆気に取られる裕紀の手を無下に振り払うと、真希は自分の体の感触を楽しむかのように両腕、足、体と全身をなでまわした。
「ああ・・・この体、すごくいいわ・・・やっぱり思ったとおり」
「おい・・・冗談だろ?」
「冗談なんかじゃないわ。この子の体はもう私のもの。
せっかく手に入れたんですもの。もう離さないわ」
「そうそう、せっかく私の復活に協力してくれたんですもの。
ちゃんとお礼をしてあげないとね」
「お、お礼・・・?ふざけるな、真希から出て行け!」
目の前の真希、いや真希の姿をした者にまくし立てる裕紀。
真希はそんな事には意も介さず、その小さな口から恐ろしい事を言い放った。
「そうね・・・男だったら本来精気をいただいてから殺すところだけど、私の忠実な僕として働いてもらおうかしら」
「な・・・なんだと?」
思わず一瞬後ずさりする。
「あなた達は私にこの体を提供してくれたんですものね。それに、あなた・・・裕紀にとっても悪くないはずよ」
真希の右手のあたりが怪しく光ったかと思うと、次の瞬間何もなかった空間に、
そこには古い木でできた短い杖のような物が現れていた。
「な・・・何をする気・・・うっ!!」
杖の先が光り、同時に裕紀の全身に激痛が走った。
「あ・・・ぐ・・・あ・・・ぎゃあぁぁぁぁぁ・・・」
全身から来るあまりの痛みに、叫び声がだんだん声にならなくなっていく。
時間にすれば一分もなかったはずだ。
しかし、裕紀にとってはそれは永遠に続く苦しみのようにも感じられ、裕紀はその場に倒れこんでしまった。
いつのまにか、全身の痛みが引いていた。
さっきの事は夢だったのか・・・?
あまりにもおかしい体験だった。
体を動かそうとする。痛みは・・・ない。
不意に真上から女の声が聞こえてきた。
「どう?生まれ変わった気分は」
「!!」
あわてて起き上がろうとする。なぜか、体の感覚がいつもよりもずいぶん軽い。
上体だけを起こしたところで、すぐ目の前には真希の顔があった。
地面に上体だけ起こした裕紀と、しゃがんだ真希の顔が、至近距離で向かい合う形になった。
真希はにっこり微笑むと、いきなり裕紀の胸に向かって手を伸ばした。
「んあっ?!」
不意に自分の胸から伝わってくる未知の感触に、裕紀は思わず声をあげた。
しかも、その声はそれまでの自分の物ではなく、明らかに高いソプラノ。
「驚いた?綺麗な声でしょ」
「真希、こ・・・これはどういう・・・」
「うれしいでしょ?私の力であなたを女に変えてあげたのよ」
「う・・・うそだろ・・・こんな、こ・・・ことが・・・」
裕紀は、真希から目を離せなかった。
「あなたにはこれからその姿で私に必要な精気を集めるのに協力してもらうわ」
「ふ・・・ふざけるな、お、俺がそんなことを・・・!」
必死になって反論を試みる。しかし、真希は裕紀を無視して続けた。
「これはもう決まった事なの。あなたにはその女の体で男であろうと女であろうと、
私の虜にするのに私の僕として自分からすすんで協力してもらうことになるわね」
裕紀の耳には信じられなかった。とにかく頭が混乱していた。
正常な思考など、この状況でとてもできるものではない。
「誰が僕なんかに・・・!い、いいから、俺と真希を元に戻・・・!」
最後まで続ける前に、真希の唇が裕紀の唇をふさいだ。
突然のキスに、裕紀は目を見開いた。
情熱的に裕紀の小さくなった唇をむさぼり回す。
当然真希とのキスなど初めてだった。
しかし、あまりの積極さと勢いに、裕紀はどうする事もできなかった。
やがて真希の唇が離れ、二つの唇の間に唾液の糸が細く伸びた。
「はぁ・・・はぁ・・・こんな・・・」
男のときでもキスの経験くらいはあったが、こんな感触は初めてだった。
体全体がじわじわ熱くなるような、男では体験しえない感触。
「どうかしら?女の子としてのキスの味は?」
「・・・・・・」
答えが出ない。
真希が頬を赤く染め、上気した表情で言った。
「でも、まだあなたの心は私のものになってない。
あなたがその体で女としてイった時、あなたは完全な私の僕として働いてもらう事になるわ」
「じょ、冗談じゃ・・・ない、早く、元に・・・戻せよ・・・」
それでも、何とか男としての理性と自我を保とうとする。
「うふふ・・・さあ、それもいつまでもつかしらね?」
「お、おい・・・」
真希は、裕紀が着ていたシャツに手をかけた。
身長が縮んでしなったせいでぶかぶかだったが、ボタンを一つ一つ外し、器用に脱がせていく。
あっという間に、みずみずしく張りのある女の豊かな双丘が、
木々の間から洩れる薄暗い月明かりでもはっきりわかるほど白く照らされた。
「な、何をするんだ!」
「女の子がそんな男の服着てたらおかしいわよ。それにその言葉遣いもね。
せっかくの綺麗な声が台無しよ。ほら、自分の胸よく見てみたら?」
「な・・・!」
言われるままに自分の胸を見下ろして、裕紀は言葉を失った。
男なら惹きつけられずにはいられない魅力的な形の胸が、これでもかと女を自己主張していた。
真希がさらに追い討ちをかける。
「もうわかったでしょ?その姿でどうしようっていうのかしら? あなたはもう、私に従うほかないのよ」
「違う・・・俺は・・・俺は男だ!」
脳構造が女性化させられたせいだろうか、パニックに陥りかけているようだ。
「そう・・・それなら」
真希は、自分の胸に手をかけると、着ていた服を胸元から無造作に引きちぎった。
裂けた部分から、ブラジャーに包まれた真希の胸があらわになる。
そして、ブラジャーも邪魔といわんばかりにもどかしげに外してしまった。
突然の行動に、裕紀の中ではただ驚きが先行した。
「裕紀・・・私を見て」
裕紀をまっすぐに見つめるその目は、先ほどまでの妖しく自信に満ちていたものではなく・・・
裕紀が知っていた普段の真希・・・そして、その雰囲気を残しつつも男を・・・裕紀を誘う熱く潤んだ目だった。
「おい・・・どうしたんだよ」
「私・・・前から裕紀のことが・・・:ずっと・・・」
少しずつ擦り寄ってくる。
真希の目から目を離せず、裕紀は目の前の女を押し倒したい衝動に駆られた。
と、裕紀の中で理性が警報を発した。
「・・・やめろ!おまえは真希なんかじゃないっ・・・!」
真希の体が一瞬びくっと震えた。
そして、その目がたちまち涙で一杯になった。
「どうして・・・?どうしてそんなこと言うの?」
真希・・・いや、真希に憑いた者が真希の視線を使って訴えかけてくる。
「だっておまえは・・・」
「ひどいよ裕紀・・・私、こんなに裕紀のこと好きだったのに・・・」
真希の目から大粒の涙がぼろぼろこぼれ落ちる。
その目は、とても別のものが演技をしているようには思えなかった。
「・・・違う!そうやって真希の真似をするなんてやめてくれ!」
しかし、そう叫ぶ裕紀の声は、明らかに震えていた。
頭ではわかっていても、目の前で女がこれほどまでに自分を求めている。
それも、自ら体を開いて。
裕紀の中の男が、そんな状況下で冷静でいられるはずがなかった。
その興奮は、裕紀の女としての肉体にも現れてきていた。
それに気づくだけの余裕は裕紀にはなかったが・・・。
「お願い・・・」
「えっ・・・んっ!」
二度目の口づけ。
動揺していた裕紀に、考えるだけの隙は与えられなかった。
真希の舌が無防備な裕紀の唇を割って入り、そのまま裕紀の舌と絡まりあう。
そのまま激しいキスを浴びせながら、裕紀の首筋に細い両腕を回し、地面に押し倒す。