平穏な日常の中でさえ、ある日を境に突然女になってしまったら途方に暮れてしまうだろう。
まして、こんな“異変”のさなかでは。
自分の身体がなぜか少女のものになってるという事実を、僕は完全に持て余していた。
心が順応する余裕も与えられず、ひたすら異性の肉体に振り回されている。
無理やり押し込まれたこの少女の体は、僕の男としての人格を束縛しようとする拘束衣みたいだ。
肌に張り付いた濡れた布地の不快感から少しでも自由になろうとカッターシャツの胸元をつまんで揺すり、空気を送り込んだ。
そのときのバサバサという派手な衣擦れの音で、真人が目を覚ました。
「ん……朝、なのか……?」
「そうみたいだよ」
と黒板の上の時計を指してみせた。
「何も変わっちゃいないってことか」
真人は眠気を追い払うように寝癖のついた髪を手で掻き回した。
僕はひとつだけ、真人に確かめたいことがあった。
真人の前に回り、膝をつき合わせるようにして座った。
「マサ。夢は見なかったか?」
「夢?」
「暗闇の中で、その……化け物が出てきたりする夢なんだ」
「いや、そんな夢は見てないな。俺、もともと夢はあまり見ないほうだし。でも、なんで?」
「ん、そんな深い意味はないけどさ」
曖昧に誤魔化して質問を切り上げた。
どうやら、真人は僕や智史が見たような夢は見ていないようだ。
もし、女性化した者だけがあの奇妙な夢を見たのだとしたら。そこにはどんな意味があるのだろう……?
「なあ、悪い。朝でさ、ほら……勃っちまってるから。正直、目の前でその姿見せられると、ツライよ」
「えっ……」
真人は腰を引き気味にしていた。そうか、起き抜けだから男の朝の生理現象に見舞われているのか。
ちらりと見ただけでジッパーのあたりが小さなテントを張っているのが分かる。
逆の立場になって考えれば、真人の気持ちは簡単に理解できる。
朝立ちも収まらないのに至近距離に裸の胸が透けて見えるような女にいられたら、嫌がらせのようなものだ。
だけど同時に、真人の言葉に胸が痛くなった。
体が変わってしまったことで、親友であるはずの真人に距離を置かれた気がしたからだ。
真人だけでなくみんなが僕を違う生き物として扱うようになってしまったら……。
「なに恥ずかしがってんだ。朝勃ちぐらい男なら当然だろ。健康な証拠!」
おどけた口調で言って、真人の背中を叩いた。
どんなに体が変わっても中身は男だった狩野由之と同じなんだ。それを真人に分からせようと僕は必死だった。
「ヨシ、お前……」
「もう! このカラダ見て朝から欲情しちゃいました、って正直に言えばいいのに」
「バ、バカ、誰が親友に欲情なんて!」
「まあまあ無理するなって。僕だってこんなエッチな格好した女の子がいたら、欲情してるって。
ほうら、せっかくだからサービス!」
僕はふざけて真人の手をとると、自分の乳房に導いた。
手を押し当てられて、くにゅっとふくらみが変形した。
真人は目を丸くしていた。そして真人の下半身はあまりにも正直に反応していた。
クンッと股間のテントが高さを増したのだ。
親友の真人が……僕の体に触れて欲情している……
自分でやったことなのに、僕はなぜか大きなショックを受けていた。
そして、それ以上に真人は傷ついたような悲しそうな顔をして僕から身を離した。
「ごめん……ふざけすぎた」
「いや。俺が情けないからいけないんだ」
……僕はバカだ。
きのう、真人はみんなの見ている前で政にペニスを弄られて無惨にも射精させられてしまった。
そのショックがまだ心に残っているはずだ。それなのに僕は無神経なことをしてしまった。
僕はただ、心は男だということを分かってほしかっただけなのに。
「あはは、真人は朝勃ち? 恥ずかしいからさっさとトイレで鎮めてきなよ」
無邪気に笑って言ったのは智史だった。
「でも、いいなー。目が覚めても朝勃ちの気配もないってのも、これで寂しいんだよ?」
と智史は股間の平坦さを強調するようにズボンのすそを吊り上げた。
智史はどういうつもりなんだろうと、僕も真人も呆気にとられた。
すると智史は教室をぐるりと見渡した。
「ほら。そろそろみんな起きてきた。元の世界に戻るために、やること、考えることは山ほどありそうだよ」
「ああ」
「だからね、僕はひとまず受け入れることにしたんだ。
女の子になっちゃったって事実をそりゃ男に戻りたいけど、深刻ぶったところで解決にはならないから。
それよりはこの状況を楽しむことにしたんだ。そのほうが建設的でしょ?」
同意を求めるように小首をかしげる智史。意識してのことなのかどうか、その仕草はそこらの女子よりよほど女の子らしかった。
「深刻ぶっても解決にはならない、か。そうだよな。俺も目が覚めたよ」
「智史って、意外と考え方がしっかりしてるんだ」
「やだな。よっぽど頼りないって思われてた、僕?」
クスクスと笑う智史。
「ううん。頼りないのは僕のほうだな。同じ境遇なのに。智史のそういう合理的な考え方って、やっぱり男のものだと思うよ」
僕がそう言うと、智史ははにかんだような顔で頷いた。
そのとき後ろから控え目に誰かが肩をとんとんと指で叩いた。
振り向いて立ち上がると、佐々原小春がそこにいた。
小柄で明るく、面倒見のいい女の子だ。クラスが別なので、それほど詳しいことは知らないけど。
「狩野君と久住君。ちょっとこっちきて」
小春は廊下のほうへ向かって歩いていき、そこで手招きをした。
いったいなんだろう?
「あー、羽村君はちょっと遠慮してね。ごめーん」
一緒についてこようとした真人に向かって小春は待ったをかけた。
僕と智史は小春について教室を出た。
廊下には須藤真紀と、女性化した元・男子生徒が全員揃っていた。
荻野政、瀬川良祐、檜山慎二。そこに僕と智史が加わったことになる。
女性化したみんなは程度の差こそあれ、服がひどいことになってた。
きのう圭一たちに乱暴に扱われて服が破けたりしている上に寝乱れて皺が刻まれ、
さらに大量の汗で水を被ったみたいになってる。
智史が耳打ちしてきた。
「濡れてるのが妙に色っぽくて、いい眺めだよね。自分がその一人じゃなきゃよかったけど」
「はは、まったく」
と苦笑してそれに答えた。
眼鏡少女の真紀が先頭をきって歩き出した。
「いこう」
と、小春がみんなを促す。
いこう、って、どこへ行くんだろう?
という疑問を読み取ったように真紀が口を開いた。
「更衣室のシャワーが使えるみたいだから、男の子たちより先に私たちが使うことになったの。
さっき隆哉君と相談して、そういうふうにしようって」
「女の子、か」
ハスキーな声でつぶやいて慎二は自分のバストの重さをはかるように下から支えた。
「俺たちは“女の子”に入るの?」
と、慎二。
慎二は元が比較的大柄で身長一八〇近くあった。
どうも女になって少し背が縮んでるみたいだが、それでも女にしては大柄だ。といって男女というふうでもない。
女性的になった顔立ちはちょっときつめの美人といっていい。
「あなたたちも体は女性なんだから、まさかほかの男子たちと一緒にシャ
ワーを浴びるわけにはいかないでしょ。私も悩んだけど、隆哉君がこうするのが自然だって」
なにかにつけ黒部隆哉の名前を持ち出すんだな、と僕は思った。
クラス委員長らしく生真面目に説明する真紀に、慎二は無言で肩をすくめただけだった。
女子バレーの選手みたいに身長のある慎二がそういう仕草をすると妙に様になっていた。
真紀をフォローするように小春が続けた。
「ここにいるみんなは急に女の子になっちゃって大変だと思うの。
あたしだって、自分が突然男になったら戸惑うと思うし。
だからみんなの力になりたいの。あたしたちでよければ、いつでも相談に乗るからね」
「ありがとう、小春ちゃん。真紀ちゃん」
智史は屈託のない笑みを浮かべて小春たちの横に並んだ。
小春、真紀と並んでまるで智史まで生まれながらの女の子だったみたいだ。しかも並んだ
三人の中では、なんというか、智史が一番の美少女だった。
真紀に先導されて辿り着いた更衣室は、当然というべきか女子用更衣室だった。
女子更衣室に入るなら、ほかの男たちと順番をずらさなくてもいいような気がしたが、考えてみたら男女の更衣室は隣同士だ。
同時にシャワーをつかったりしてると、男たちの中でへんな気を起こすやつが出ないとも限らない。
「うわあ。僕ここに入るの初めてだ」
「初めてじゃなかったら問題あるわよ、羽山君」
「それもそうだ。えへへ」
頭をかいておどけてみせる智史。僕も智史を見習って、へんにこだわらず女子更衣室に入ることにした。
男だからこそ、ここは思いきりよく服を脱ぐべきだろう。
汗でべとべとするカッターシャツとズボンを脱ぎ捨てた。さらにトランクスも。
すでに全裸になってた智史が僕の胸をしげしげと見た。
「……僕のが大きいね」
「ばか……恥ずかしいこというな!」
シャワー室に入って水栓をひねると冷たいシャワーが降ってきた。
欲を言えば熱いシャワーを浴びたかったが、冷水でも体中にべっとりとついた汗を流すには充分だった。
シャワーの雨滴が皮膚を弾く。
女になって全身の皮膚が敏感になっているのは感じていたけれども、こうしてシャワーを浴びると、
それが強く実感できた。男の体では、こんなにくすぐったくなったりはしなかった。
刺激に慣れるまで乳房を腕でかばっていないと感じすぎて声を出してしまいそうだった。
しばらく水に打たれているうちになんとか我慢できるようになってきた。
乳房の形にそって水が流れていくのを感じる。
シャワーの水を浴びながら、自分の胸を見下ろして、あらためて乳房を観察してみた。
ツンと上を向いた形のいい乳房だ。
体重を移動させるたびにプル、プルと瑞々しく震えるふくらみ。手で包み込むと、
なんともいえない心地よい弾力とやわらかさを同時に感じる。
健全な男子なら誰だってこんなバストを好きなだけ見て触っていいといわれたら、涎を垂らして飛びつくだろう。
僕だってそうだ。ただひとつの問題は、その欲望の対象が自分自身の肉体だということだ……。
どんなにこの極上の胸を弄り回したとしても、今の僕はそれ以上先に進めない。
高まった欲望を吐き出そうとペニスをしごくことすらできない体なのだ。
考えようによっては、拷問だ。常に欲望の対象が手の届くとこにありながら、その欲望を満たす器官を欠いているのだから。
シャワーが冷たい水で良かった、と思った。
頭が冷やされるせいか、へんにエッチな感覚にはまらないで済んだ。冷たい水が淫気を洗い流してくれるような感じがした。
ひとしきり全身を洗い流してから、シャワー室を出た。
「はい、タオル」
と千春に乾いたタオルを手渡された。
「ありがとう、千春」
「わあ、狩野君もすごく綺麗。みんなスタイルのいい女の子になってて、なんだか羨ましい」
「やだなあ、そんなじろじろ見るなってば……」
タオルで体を拭いていって、ふと着替えのことに考えが及んだ。
あの汗で濡れた服をもう一度身に着けるのはちょっとなあ……。
「あ、着替えも用意しておいたからね」
「え?」
千春が指した先には、きちんと畳まれた白いTシャツのような服が置かれていた。
それを手にとってみて、その服の正体を知り、僕は固まってしまった。
僕が手にしていたのは学校指定の体操着の上下だったのだ。それも女子の。
コットンシャツのほうはいいとして、下はあろうことかブルマだ。
「こ、これを着ろと?」
情けない声で僕は尋ねた。
「購買部の在庫からとってきたの。あのボロボロになった服よりはマシでしょ」
「男子用の体操着はなかったの?」
「それはあったけど、在庫がそんなに数ないから。ほかの男子のみんなだって着替えは必要になるでしょ。
だから黒部君と相談して、狩野君たちにはこっち着てもらうことにしたの」
「そりゃ、もっともだけど……」
「それからこれ。下着は女の子用が必要でしょ」
これもやはり購買部の商品だったと思われる、プレーンな白のパンティとブラだった。
「……必要なの?」
「下着なしは変な人になっちゃうよ」
さっきと同じ理屈で、男物の下着がいいといっても却下されてしまうんだろう。
びっくりするくらい小さな布きれに見えるパンティをつまみあげて僕はため息をついた。
「女の子の体はデリケートにできてるから、下半身にちゃんとフィットするパンツを穿いてないといろいろ困るんだから」
小春に説得され、しかたなしに僕はパンティに足を通した。
小さな布きれはぴっちりと引き伸ばされ、股間にぴったりと密着した。
なるほど、大きな突起物のない股間にはこういう下着が向いている。
認めたくはないけど、パンティを身に着けた感触は心地よかった。
その上からブルマを穿いたのは勢いの産物だった。
いつのまにか脱ぎ捨てていた制服が運び去られていてほかに選択肢がなかったということもある。
コットンのシャツに袖を通そうとしたとき、後ろから小春の手が回って、胸に何かを巻き付けた。
胸を覆った布切れがブラジャーだと理解できたとき、小春が僕の背中でパチリとホックを留めていた。
「狩野君は男の子だったから知らないと思うけど、ブラって自分で胸のお肉をカップに引っ張り入れなくちゃいけないのよ」
「ちょっと待っ……!」
小春は、容赦してはくれなかった。
むにゅ。
本当にそんな擬音が聞こえそうな勢いで小春が僕のバストを掴んだ。
「あっ、ん……」
「我慢して。こういうもんなんだから」
脇のあたりで流れていた肉を寄せ集めるようにしてカップの中に詰め込んでいく。
小春の、女の子の手でオッパイを掴まれて……。
「ん、あっ」
「や、やだ。変な声出さないで……あたしまで恥ずかしくなっちゃうじゃない」
「そういわれても、胸掴まれたら……」
「女の子はみんな毎朝やってる、普通のことなの!」
きのう圭一に同じ場所を触れられたときはあれほど鳥肌が立ったのに、
小春のきれいな手で触れられるのは少しも嫌じゃなかった。ただ、くすぐったいだけだ。
僕は改めてブラをつけられた自分の上半身を上から見下ろした。
胸がすっぽりとブラに包まれ、支えられてるのは、認めたくないけどやはり快適だと認めざるを得ない。
そのかわり胸の隆起が圧迫されていて常にバストのことを意識させられてしまうという性質もある。
最後にコットンシャツを着た。
女子用体操着の上下を身に着けた自分の姿を見下ろしてみた。
下に付けたブラのせいでシャツの胸はくっきりと盛り上がっている。
そして下半身のブルマ。
ズボンを穿いていたときはあまり目立たなかった腰から尻にかけての丸いラインと、
でっぱりのないスムーズな股間が強調されてしまう。
「うん、似合ってるよ」
と小春に言われて、正直複雑な気持ちだった。
歩いてみると、密着したブルマの生地の感触が妙に気持ちよかった。体に密着した伸縮性の布地が快感なのだ。


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