6畳の古いアパートの一室に、かすかに軋む音と荒い吐息が響く。
 外はすでにとっぷりと日が暮れ、闇が押し寄せようとしているのに、部屋に灯りはなく、
ただ男と女がたてるリズムと荒い息、部屋の床がかすかに軋む音、
そしてつけっぱなしになっているパソコンの液晶モニタの明るさだけが部屋を満たしていた。
 モニターは亜美の性器の超拡大画面になっている。
美しい珊瑚の紅桃色の秘唇からは、愛液と精液のいりまじった白濁液が泡となって溢れている様は、
ビーナスがここから誕生するのではと錯覚してしまうほど美しく、そして淫らだった。
 机の上にはハンディデジタルビデオが放り出されたままになっている。バッテリーが切れたからだ。
予備のバッテリーもあったのだが、それも既に使い果たしている。
 二人は、自家製のムービーを作っていた。
 もちろんアダルトなやつ、それも強烈なハードコアだ。
 デジタルビデオで撮影し、パソコンで確認をしながらアングルを工夫し、またセックスをする。
もちろん編集作業中も挿入したままだ。自分達のセックスを見ながら、また高まってゆく。
 パソコンに詰まっていたデータは全て二人のセックスの映像によって押し流され、
拡張に次ぐ拡張でテラバイトクラスにまでなっていたハードディスクも、
とうとう一杯になり、新しく記録するのはあきらめざるをえなくなった。
 画面に映し出されているムービーを誰かに見せようという気は無いのだが、
喘ぎ声もほとんど無く、アダルトビデオほどの見せ場はない。
だが、見る者を引きつけてやまない、ブラックホールのような妖しい吸引力を持っていた。
 悠司はマウスを操作していた手を亜美の胸を愛撫することに切り替え、乳首を指でつまみながら言った。
「ほら、今度はどうかな?」
 液晶モニターの左右に置かれたスピーカーと机の下のウーファーから、すすり泣くような亜美の哀声が漏れている。
「こ、今度は上手く撮れてますぅ……」
「そうだね。亜美ちゃんのオマンコがきれいに写ってるよ。俺のチンポでぐちゃぐちゃのトロットロになってる。
うん。俺が何か言うと亜美ちゃんのオマンコが、キュッて締まるな。そんなに見られるのが好きなのかな?」
「うん、好きぃ……だいすきなのぉ……」
 椅子に座った悠司の上に、同じ向きにまたがるようにして座る。もちろん、亜美の中には悠司の灼熱の肉塊が挿入されている。
 亜美は少し顔をしかめ、腰を前後に軽く揺さぶり始めた。
悠司は体を動かすのは亜美の自由に任せ、背後から胸に手を回し、揉んだり背中を舐めたりと、愛撫に集中することにした。
 今、モニターに映っているのは、パソコンに転送したビデオ映像だ。
 最初は手で持って撮るだけでも悪戦苦闘したが、やがてコツをつかむと、色々な角度から撮れるようになった。
実はこの手の遊びに慣れていた亜美が、彼に気づかれないように、こっそりと協力したからでもある。
なにしろ、彼女の部屋には秘蔵の子猫ちゃんライブラリーが百を越えるテープやディスクに記録されていたりするのだ。
 そんな具合に二人は、モニターから汗や精液の匂いがするのではないかと思えるほどトロトロに濃厚なセックスを記録したり、
机に座ってしたり、座卓にうつぶせになってしたり、トイレでしたりと、あらゆる行為を模索しながら楽しんでいた。
 体を責められ、視覚で責められ、言葉で責められる。
 自分の中にある男の部分が、燃えるような屈辱を感じれば感じるほど、亜美の体は燃えた。
 サディストであり、マゾヒスト。
 女であり、男でもあるもの。
 相矛盾する要素を兼ね備えた亜美は、人を魅了してやまない、妖艶と言っていいほどの魅力を発散していた。
今の彼女を見て惹かれぬ男など皆無だろうし、女性であっても亜美が手招きをすれば体を開いてしまうだろう。
 亜美はようやく本当の人間となり、そして人外の者へと変化してしまったのだ。
 元は二つに分かたれていた魂を持つ、人ならざる者へ――と。
 亜美の心は静まり返った湖のように平穏であると同時に、
世界中に響くような大きな声で叫びたいほどの歓喜にも包まれていた。
 やっと出会えたのだ。
 何よりも深い魂の婚姻に酔いしれる亜美にとっては、今夜が新婚初夜なのだ。
 精神で悠司と交わり、肉体でも悠司を味わう。
 完全に吹っ切れた亜美の性欲は留まる所を知らなかった。
 悠司の射精をコントロールし、通常の何十倍もの精力で自分を責めたてさせている。
 疲れを忘れた二人の交わりは、終る事を知らない……。

 ***

 亜美は繋がったまま、モニターの前から垢じみた万年布団に寝転がらされ、
体液にまみれている長い黒髪を背中へと流して、貫かれていた。
 囓れば甘い汁が滴り落ちそうな体だ。いくら貪っても飽き足りる事はない。
 亜美のそこかしこに、悠司がつけた歯形がある。深くはないが、十指では足りないほどの噛み跡だ。
 そして、悠司の体にも亜美が噛んだ跡がある。
主に肩や腕にかけて十数か所の、こちらはかなり深い血が滲むほどの歯形が残っている。
痛くないはずはないのだが、今の二人には痛みさえ快感だ。
 亜美の膣からは、無尽蔵と思えるほどの白濁液が流れ続けていた。
悠司と自分の体液だ。布団はまるでお漏らしをしたかのようにじっとりと濡れている。
 それほど悠司に中出しされ、激しく突かれたというのに、ペニスが抜けるときゅうと縮まってしまうヴァギナは、
何度精を出されてもさらなる高まりを求める。
 悠司は気づいていない。
 今の自分は目の前の少女と入り交じってしまった人格の一部に過ぎず、大部分は彼女の精神と融合してしまったということを。
この体は、姿形こそ都築悠司のものではあるが、瀬野木亜美が変化したものであることを……。
 それゆえなのか、二人はお互いに相手が興奮するツボを良く心得ていた。
「ん……くふぅ……」
 ペチンと音を立てて、雨に濡れた桜の花を思わせる可憐な縦長の秘唇から赤黒いペニスが抜け出て腹に当たる。
 何度、彼女の胎に精をほとばしらせただろう。
 とうに枯れてもいいはずなのに、出せば出すほど精液は底無しに出てくるようだった。
 鼻を鳴らしながら音を立てて精飲する少女は、ザーメンやら汗やら潤滑液などの粘液が入り交じった液体にまみれ、
まるで曇りガラスのようになった眼鏡越しに悠司を熱いまなざしで見つめる。
 眼鏡と靴下以外は全裸という組み合わせに、
悠司は空っぽになったと思ったはずの精液が瞬く間に股間に溢れたぎるのを感じた。
 おかしいという疑問も湧かない。
 まだできる。
 まだ彼女を悦ばせることができる。
 ペニスを指で握り、カリに指を這わせる少女の頭を撫でながら、彼女の口の中に放精する。枯れたという感じはしない。
あれだけ出したというのに、まだ、一週間以上も禁欲した末に出す濃度並の粘度を保っているようだ。
 悠司は射精後の虚脱感に浸りながら、後ろ手で手探りをして目的の物を探し当てた。
 それは細いLANケーブルだった。
 亜美は水色のケーブルを見て、恥ずかしそうに顔を背けた。その拍子にあごに粘液が、つぅ……と一筋流れ落ちる。
口元に手をやり、唇から漏れた精液を指で拭って口に含んだ。
 悠司は亜美の体にケーブルを押し当て、体に巻きつけ始めた。これを縄に見立てて体を縛ってしまうつもりのようだ。
だが、どうしてもうまくできない。
 縛り方は亜美が教えた。
 言葉にするだけで、縛られなくても心が拘束されてしまうようだった。
 長いケーブルで肉に食い込むくらい、しかし肌を痛めない程度に、ハムを巻くように執拗なまでにねっちりと、
大きな胸と性器が更に強調されるように絞りこんでゆく。
 きつくはなく、動きにも支障はない。
 3本のケーブルで縄化粧を終えるが早いか、悠司は体が思うようにならない亜美を押し倒し、
片足を持ち上げて横から挿入していた。突かれるたびに体に力がかかり、縄目から白い肉がはみ出して淫靡な印象を与える。
「せ、先生……乱暴、しないでぇ!」
「亜美がいけないんだ。亜美の体がこんなに嫌らしくて、エッチで、気持ちがいいから離せないんだ!」
 心地好い拘束感で、亜美の肌にびりびりと電気のような痺れが生じた。
 二人はそれぞれ相手を愛していた。誰にも負けないほど、深く愛していた。
 悠司は自分の意思で彼女を抱いていると、信じていた。
 亜美は、悠司を完全にコントロールしていると信じていた。

 それは、どちらも正しく、どちらも間違っている。
 愛とは錯覚に満ちたものなのだ。
 いや、錯覚でもいい。亜美は胸一杯に幸福を感じている。
 醒めない錯覚であれば、それは、事実と同じなのだから……。

 ***


 時刻は夜の11時を回っている。
 二人は飽きもせず、腰骨をぶつけあうようにして激しく交わっていた。
 言葉も無く、ただ――ひたすらに。

 数時間前の夕食の用意は亜美がやった。
さすがに火を使う時は全裸は怖かったので、悠司のワイシャツを羽織ってエプロン代わりにした。
その他は何一つ身に着けていない。
 お約束のように悠司が背後から襲いかかり、ヒップを突き出した格好で動物のように交わった。
米を砥いでいる最中だったので、あふれた水が米の大半を下水に流してしまうまで、悠司は亜美を攻めたてた。
 しばらくしてようやく悠司が少女の中に吐精する。
そこでようやく満足したのか、勢い止まぬ物を抜き取り、乱れた布団に仰向けになって寝転がる。
 股間から流れる精液をものともせず軽い鼾をたてて眠り始めた悠司にタオルをかけると、亜美はまた米を砥ぎ始めた。
 明かりも灯さず、外からのわずかな光だけで亜美は小さな鼻歌を歌いながら
水を量り、ジャーにセットした。
 悠司が起きていたら、彼女の鼻歌にどこか懐かしさをおぼえただろう。
 どこで知ったのかと疑問を感じたかもしれない。
 古い歌だ。
 流行歌ではない。子守り歌だ。
 十年以上前に亡くなった祖母がよく口ずさんでいた歌だった。
 亜美の祖母ではない。悠司の母方の祖母だ。
 とっくに忘れらていたはずの歌を記憶の中から亜美が見つけ、歌っている。
 祖母は明治生まれで長く教師を勤めており、戦後の女性の国政参加運動にも関わった、言わばウーマンリブの先駆者だった。
躾に厳しく、亡くなるまで背筋をしゃんと伸ばし、きびきびとした動作の祖母は孫達からは敬遠されていたが、
なぜか悠司だけは祖母に懐き、祖母もまた悠司には甘かった。
だが悠司も小学校3年頃から、祖母による折々の挨拶状への返礼がおっくうになり、疎ましくなって祖母に会わなくなった。
 最後に会ったのは、祖母の葬式の出棺の時だった。
 彼の心の奥底に、悔悟の念があった。
 親に諭され、見舞いに行かないかと言われたのに、悠司は首を縦に振らなかった。
それが心の底にわだかまりとなって残り、祖母の記憶を沈めてしまっていたのだ。
 ゆっくりとした抑揚の、やさしい気持ちになれる歌だった。
 鼻歌を歌いながらジャーのスイッチを入れ、冷蔵庫をかき回して、おかずになりそうな物を物色する。
悠司がいつもやっていたことだ。亜美にも違和感はない。
 冷蔵庫や買い置きにろくな物はなかったが、適当に切ってまとめておく。
ほこりだらけのボウルを水で洗い、切った物を放り込む。
 おかずは冷蔵庫にあったハムをぶつ切りにした物に、半分萎びたきゅうりやキャベツを軽く塩揉みして、
薄く切って水にさらしたタマネギと一緒にボウルにひとまとめに盛り込んでおく。
これに、冷蔵庫にいつからあるのかわからないドレッシングにマヨネーズを入れてシェイクしたものを用意した。
 生食できる期限内の卵はご飯にかけて食べることにした。
 他にはかわいらしい形に切り込みを入れて炒められたウインナーや、鰹だしの素を使った、
だし巻き卵などが小器用にまとめられて皿に盛られている。
そしてペットボトルに入ったままの醤油が、ボウルの横に、でんと置かれていた。
 亜美も学校の授業で料理の手ほどきはされているので、料理はできないこともないのだが、
さすがにこれだけ限られた食材では大したものは作れない。
 米が炊けるまで、亜美は痒くなり始めた体を洗うために浴室に入ってシャワーを浴びた。
股間から、先程注がれた精液が、とろりと腿の内側を伝って滴り落ちるのがわかった。
 腿の内側が精液のせいか、少し赤くなり痒く感じられる。
だが、それ以上に彼につけられた愛咬のあとや、強く吸われてできたいわゆるキスマークの方が目立つ。
 首筋や腕にもキスマークがついている。
 彼が触れた場所全てが刺激に対して敏感になり、それを快感へと変換してしまうようだった。
今ならば、刃物で斬られても首を絞められても、苦痛さえも快感になってしまうだろう。
 まるで血液が精液と愛液になってしまい、血管の隅々までセックス狂いになったようだった。
 亜美は股間に指を突っ込み、シャワーの水流を当てて体の中に残っている精を洗い流す。
時間が経って粘り気を失ったものが、流れ出てくる。
 まだ全身がセックスを求めている。まだ足りないと叫んでいる。
クリトリスにシャワーを浴びせると、急激に快感が高まってくる。水圧だけで、軽く達してしまうほどだ。
 下腹部を洗い終わると、今度は髪の毛だ。シャンプーは悠司の物を使った。
トニック入りの男性用シャンプーだが、とても懐かしい気がした。
ゆっくりと、三十分以上かけて髪を洗い、洗った髪はタオルで頭の上でまとめ、
それから、柔らかいタオルに泡立ちの悪い小さな石鹸をこすりつけ、体を磨く。
 悠司が触れなかった部分はどこにも無い。性器やアヌスはもちろん、背中や指の股まで彼の舌がなぞっていった。
 自分自身にマーキングされていると思うと、何か不思議な気分だった。
 LANケーブルで縛られた痕は、もうほとんどわからなくなっていたが、
よほど強く締め付けたのか、胸まわりだけはくっきりとした模様が残っていた。
バストを持ち上げ、アンダーバストに残るケーブルの痕に指を這わせた。
「ん。気持ちいい……な」
 少し沁みるような痛みが、亜美の官能を掘り返す。股間がじわりと熱くなった。
またセックスをしたいという欲望が高まりそうになり、亜美はあわててシャワーをもう一度浴び、
悠司の汗の匂いが染みついているバスタオルで体を拭いた。
 彼の体臭を感じて目眩がしたが、タオルを股間に押しつけて自慰をするのだけは堪えた。
このあとも、まだまだ悠司とセックスをするのだ。
美味なメインディッシュが目の前にあるのに、前菜だけで腹を満たすのは愚か者だ。
「まるでオナニーを覚えたての男の子みたい」
 自分が昔そうだったのを思い出して、亜美はくすりと笑った。
 あの頃は、オナニーも罪悪感があった。親に隠れて、ヌード雑誌をこっそりと布団の中に持ち込んで……。
 亜美は首を傾げた。
 しばらくして、声を押し殺して笑い始めた。
 それは悠司の記憶だった。今は亜美なのに、少年時代の思い出を懐かしむのが、自分でも妙におかしかったのだ。
だが、同時に安堵も抱く。
 私は女だけど、前と変わってない。
 一緒になることで忘れてしまった記憶もあるけれど、普通に暮していても記憶は消えてゆく。
 変わったけど、私は変わらない。
 普通に生きて行こう。
 うん――生きていける。
 亜美はバスタオルを胸に巻いて、洗面所を兼ねた脱衣所を出た。
たっぷりと精液を浴びせられた髪の毛も艶を取り戻し、もうひとつのバスタオルではさみこむようにして水分を吸い取ってゆく。
本当はドライヤーが欲しいところだが、どこにあるのかわからないのであきらめた。
 鏡の前で亜美は、胸を下から持ち上げてみる。見慣れた姿なのに、どこか新鮮で、不思議な気分だ。
 自分は女だと納得しているはずなのに、どこか気恥ずかしく、自らの裸を見て欲情してしまう自分がいる。
「亜美の……えっち」
 鏡に頭をこつんと打ち合わせてから、部屋に戻る。
 悠司はまだ寝ていた。
 寝苦しいのか、体を動かして小声で唸っている。
 扇風機でも動かそうかと思ったが、寝ている人に直接あてるのは体に悪いと聞いたことがある。
亜美は部屋を捜索し、電機メーカーの宣伝うちわを探し当てた。
 悠司にタオルケットをかけなおしてやり、うちわで風を送る。
しばらくすると、心なしか気持ちよさそうな表情になり、唸り声もおさまった。
 こうしていると新妻になったようで、嬉しくもあり、気恥ずかしくもあった。
「やだ……」
 こんな事で芯が痺れる。
 着替えようと思っていた亜美だが、替えの下着を用意していないので、濡れてしまうと困る。
かと言って、悠司のトランクスを穿くわけにもいかない。
しばらく迷ったが、どうせまた彼に押し倒されてしまうのがわかっていたので、
バスタオルを巻きつけたままにしておくことにした。
 米が炊けると、亜美は丼を用意して悠司を軽く揺さぶって起こした。
 悠司は上半身を起こすと、いきなり亜美を押し倒した。抗う素振りも見せず、強引な愛撫を受け入れる。
首筋を舐められ、脇腹をさすられる。
気持ちよさに身をよじっているとバスタオルが剥がされ、股間にペニスが割って入ってきた。
「ん……」
 悠司が上になって、腰を押しつけるようにして回転運動をしてきた。
クリトリスが二人の間で摩擦されて、心が飛ぶほど気持ちがいい。
 やがて悠司が高まり亜美の中に精を放つと、彼は後戯もせずに離れ、しばらくの間快感の残滓を一人で味わった。
 その仕草は野性の獣のようだった。快楽のためというより、近くにいる雌を孕ませるために精を注ぐといった感じだ。
構えるでもなく、自然に交わり、離れる。何十年一緒に暮していても、ここまで気の合うカップルは、そういないだろう。
 亜美は濡れたタオルで膣内から流れ出てくる精液を拭う。
色気が無いどころか、セックスに幻想を持っている少年少女なら愕然となり、千年の恋も冷めそうな光景だ。
同じタオルで悠司の股間も拭ってやる。
 また押し倒そうとする悠司をやんわりとなだめながら、亜美はご飯をよそって悠司に差し出した。
 異様な光景だった。
 裸体の男女が床に置かれた皿から自分の丼におかずを運び、喰らい、
丼が空になると黙ってジャーから飯をよそい、ひたすら胃の腑に詰め込んでゆく。
 二人分にしては多すぎる五合の飯は、瞬く間に二人の胃に納められていった。
飢えた獣が久し振りの獲物にむしゃぶりつくように、二人は裸のまま、
ラーメン丼に盛られた白米とおかずを、もくもくとかきこんだ。
 手を使っていないのが不思議なくらいだ。
 だが、どことなく山にこもり修行をしている聖(ひじり)のような趣があった。
野卑であるはずの行為が、自然な行いに見えるのだ。
 飯を食い終わると、二人はまた、体を重ねた。
 腹がくちくなるほど飯を詰め込んでいるはずなのに、ちっとも苦しくなかった。
普通なら長年の恋も冷める食後の口臭さえも、今の二人にはどうということはなかった。
 脚を投げ出して座っている悠司のいきり立ったモノの上に、亜美が黙って腰を下ろす。
内臓を突き上げるほどの強ばりは、正に肉の凶器だ。
 亜美の口からげっぷが漏れた。
 だが、悠司は笑わない。亜美も、はしたない行為だと恥じらう様子も無い。
 ただ黙って、腰を振り相手の快楽を感じ取りつつ、自らも高まってゆく。
 マヨネーズにまみれた口が、亜美の乳房を吸う。
 貪欲で、なりのでかい乳児だ。
 油とよだれで、乳首はたちまち、ぬるぬるになってしまう。
 不思議な感触に新鮮な興奮を感じ、亜美も高まってゆく。
 やがて、亜美の方が腰を動かすようになる。寝そべった悠司の上で、体を跳ねさせる。
胸が縦長のだ円を描くように揺れる。肌に感じる微妙な風さえもが、今の亜美には愛撫となる。
膣が、胸が、頭が、びりびりと痺れる。頭の中で、何かがぐるぐると回転しているようだ。
 小さな喘ぎ声と粘液質のぴちゃぴちゃという音が静かな暗い室内に染み渡ってゆく。
 やがて悠司が呻き声を発し、長いが細い射精を感じると亜美は上半身の力を抜き、彼に体をゆだねる。
 いつの間にか日付が変っていた。
 時計の長針は、270度の位置に達している。
 まだ膣内に、暖かい彼のものを感じられる。
 汗まみれの体には、生ぬるい都会の夜風さえ心地いい。
 やがて悠司は、亜美の髪の毛を撫でながら言った。
「また汗かいちゃったね。シャワーでも浴びる?」
「イヤ……」
 亜美はかわいらしく顔を左右に振った。
「先生の匂いが染み込んでいるのが好きなんです。
私の毛先からお尻の穴まで、ぜぇんぶ先生の匂いが染み渡るまで……ねえ、先生?」
「なに?」
「舐めて、いいですか?」
 亜美は自分の言葉に興奮して、濡れた。
 自分がどんどん淫乱になってゆくのがわかる。悠司の部分の羞恥をベースにし、それを興奮に変えてゆく。
「舐めるって、何を?」
 亜美は返事の代わりに彼の上から体を退かし、悠司の股間に顔を埋めた。
 どろりとした粘液が、陰毛にまでこびりついている。
 臭い。

 いい匂いだとはお世辞にも言えない。なにしろ二人が出した体液が時間が経つに従って悪臭を放ち始めているからだ。
最初は痒くなったりしてタオルで拭いたりしたが、今は汚れっぱなしだ。
 二人分の芳しい性臭を胸いっぱいに吸い込むと、それだけで亜美は、また濡れてしまう。
胸の先端が悠司の脛毛に触れ、亜美は、ひゃん! と小犬のような悲鳴を上げた。
 悠司が体を起こして、亜美を見た。
 こんなことで感じてしまう自分を見られるのが恥かしい。
亜美は彼の視線から顔を隠すように、あぐらをかいて座った悠司の股間に、再び顔を埋める。
 むくり、とペニスが鎌首をもたげていた。今ひとつ勢いが無い亀頭のくびれに、白い粘液がこってりとまとわりついている。
 得も言われぬかぐわしい香りに、亜美はうっとりとなった。
 臭い。だが、本能を刺激する香りである。悠司の匂いは、彼女にとって媚薬に等しい。
 くびれを舌でなぞると、亜美の舌先に痺れるような感覚が生じる。悠司も低い声でうめいた。
彼の敏感な部分、カリや裏筋などを、亜美はまるで子猫がミルクを舐めるように小刻みに舌を動かして、
ぺちゃぺちゃと舐め取り始めた。
「ダメだ。そんなことしたら、また出ちゃうよ」
 しかし亜美は悠司の制止もかまわず、執拗にくびれを舐め続ける。見る間に
硬さを増していくものを口に含み、今度は手も使って表面を羽毛で撫でるように優しく愛撫する。
手の温もりと巧みな舌と口腔全体を使った責めに、悠司の中から熱い物がたちまち込み上げてくる。
「くっ!」
 続けさまの射精に締めつけられるような痛みを感じながら、悠司は亜美の口の中に射精した。
シャフトがひくつく度に、彼も痛みを感じる。だが、それ以上に亜美の止むことのない愛撫は、麻薬並に常習性があった。
 痛い、苦しいのに拒むことができない。
 快楽も、度が過ぎれば苦痛になることを悠司は初めて知った。
「とてもおいしかったですよ、先生」
「おいしい……の?」
 悠司が顔をしかめて、唇を指で拭っている亜美を見ながら言った。
 まだ腹の中に、白米が残っているのがわかる。
 自分が出した精液と、さっき口にした食事が彼女の腹の中で消化されている
のを想像すると、悠司はまた股間が固くなってゆくのがわかった。
 どれだけ出しても足りない。
 痛くて苦しいのに、まだ亜美が欲しい。
 悠司は飢えていた。渇いていた。
 まだ満たされない。
 悠司は不思議だった。
 亜美の体のどこも、よく知っているようなのだ。
 無理もない。彼の身体はもともと亜美であり、寄生していた亜美の一部が、彼に重なってしまったのだ。
だから、彼女が抜けたあとも微妙に記憶が残っている。
 どこを触れば反応するか。
 どこが彼女が触られるのが嫌なところなのか。
 二人に言葉は不要だった。
 しばらく挿入は控え、今度は亜美の体を口で味わうことにする。
 魅惑のシロップをたたえた禁断の果実はデザートに取っておくとして、まずは亜美のほっぺたに吸いつく。
小振りの白桃のような柔らかさを唇と舌で存分に楽しむ。
 亜美は悠司の口唇愛撫に身を任せながら思った。
 普通の人ならば廃人同然になっていてもおかしくないのに、目の前の男性は生き生きとしている。
 なんて逞しい……。
 胸を押しつけ、首筋に舌を這わせながら亜美は思う。
 出不精なだけあって色白の悠司だが、亜美と比べるとやはり色は黒い。男の肌だ。
がっしりとした肩、広い背中を、手を回して味わう。
 切ない。
 失ってしまった肉体、失ってしまった性。今目の前にあるというのに、それはもはや自分のものではなくなった。
 胸を突かれる苦しさとは別に、彼女の中には深い満足感がある。だからこそ、どんな恥かしい要求にも応じられるのだ。
 混じりあった今だからこそ、わかる。
 これほどまで人を想うことができるのだから、自分に人間らしさが無かったなんて、嘘だ。
自分が孤独だということに気がつかない人生を送ってきただけの、悲しい人間だった。
 しかし今は違う。
 だって、私は最も愛しい人と一緒になれたのだから。
 亜美の悠司への思いは、一目惚れよりも鮮やかで深い恋慕……一生惚れとでもいうべきだろうか。
会ったことなどなかったのに、ほんのわずかな意識の触れ合いだけで、彼が自分が求めていた人だとすぐわかったのだ。
 亜美は確信していた。
 もう、私は、身も心も亜美(悠司)と一緒なのだ。
 だから彼を離さない――いや、離れない。
 まるで赤ん坊のように無心に乳首に吸いつき、大きな乳房を揉みしだいている悠司の頭を軽く抱える。
顔が胸に埋もれ、白い双球が潰れた。悠司は無精ヒゲをこすりつけて、亜美の肌を刺激する。
 胸には汗や唾液に、悠司の精液までが垂れ、独特の臭気を漂わせている。
だが、悠司の頭からは、とっくに気持ち悪いなんていう考えは吹き飛んでいる。
その証拠に、彼は射精したばかりの亜美の秘園に口付けし、中に出した精を自分の口で吸出し、
亜美に口移しで飲ませたりしたのだ。
 亜美が顔をしかめるのが嬉しかった。彼女が嫌がる姿が見たかった。
 だがそれは亜美の演技であることに、残念ながら悠司は気がつかなかった。
 やがて軟体動物のように上半身を食んでいた悠司は亜美をひっくり返し、再びバックから押し入ってきた。
 亜美の頭の中で歯車がぴたりとはまり、動き始めた。
 挿(い)れる感覚と、される感覚の両方を感じることができる。
 二人が一人だからこそ体験できる至上の快楽だ。
 私が彼を離せないのと同じように、彼も自分を離せないだろう。
何度交わっても決して飽きのこない肉体、交わるほどに新鮮さを増す体に、二人は共に溺れた。
 これが究極の相性なのか。
 二人分の快感がスパークし、亜美は早くも絶頂に達し始めていた。
「つぐみ、もう、先生しか、いらないっ! 悠司さんが、好きぃぃぃぃっ!!」
「俺も、亜美ちゃんが、好きだぁぁっ!」
 子宮を叩くような激しい射精を感じながら、亜美はこの時間がいつまでも続けばいいな、と考えていた……。


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