親友編
湯船の湯気の向こうに、白い裸身が見え隠れする。
親友の面影を宿したその儚げな少女は、風呂椅子に腰掛けて頭を洗っている。
頬を幾分か紅潮させたその横顔を見たとき、俺の心臓が高鳴った。
オレは、風呂を覗いていた。別に下心があってしているわけじゃない。決して。
腐れ縁の親友・海原祐樹の姿を確認するためだ。
ついさっき祐樹の姉・月子さんに告げられた話の真偽を確認するためだ。
「祐樹……本当に女になっちまったんだな」
垣間見える少女らしく膨らみかけた裸身が、その事実を突きつけてくる。
同時に、無意識に股間が熱くなる。
「ふーっ」
ぞくっ。
「ひっ!」
突然、耳元に息が吹きかけられ、俺は小さく情けない声を上げてしまった。
「どう、可愛いでしょ」
振り向くと、そこにはにんまりと微笑んだ月子さんが立っていた。
「……だれ?」
窓の向こうから祐樹が誰何の声を上げた。
「私よ。うふふ、祐ちゃんの可愛い裸をあえて外からノゾくっていうのも、なかなか良いわねぇ」
逃げも隠れもせずに堂々とうそを吐いて、月子さんは言う。
「………っ!」
お湯をぶっ掛けられた。
◇◆◇
「ね、本当だったでしょう?」
海原家の玄関前までオレを引っ張って離れて、月子さんが言う。
「え、あ、はい」
オレはずぶぬれになった上着を絞りながら、しどろもどろに答えた。
ちなみに、月子さん自身はお湯を浴びていない。
直前に完全とオレの後ろに隠れたため、被害を受けたのはオレだけだ。
「それで、祐ちゃんは別人として偽ってでも男の子として学校生活がしたいっていうから、
アナタにその辺をサポートして欲しいの。役得よ? 私公認で祐ちゃんと付き合えるんだから」
「付き合うったって、せいぜいクラスメートとしてじゃないっスか」
「あら、アナタはその秘密を知ってるんだから、一歩リードしてるじゃない」
「まあ、そうなんスけど……って、俺は別にそういう気持ちじゃっ」
「はいはい、テント張ったままでそういうこと言わない」
「っ!」
それを指で弾かれて、俺は一瞬硬直した。
まだだ、こんなところで出すわけには、いかないっ。
「で、やってくれるわね?」
そんな俺を何事も無かったかのように見据えながら、月子さんが言う。
「……まあ、そりゃあアイツの望みなら、協力はしますがね」
「そうそう、できるなら、もう一人くらい……そうねぇ、女の子の協力者が欲しいわ」
「女の子っスか?」
「だって、体は女の子でしょ? ソウイウコトのサポートもアナタが出来るなら、構わないけれども、ね」
確かに、祐樹が女になってしまったことを隠し通そうとするなら、それは必要かもしれない。
「………」
ウチのクラスで信用できる女子といえば……委員長くらいか。
「心当たりがあるみたいね」
「うーん。一人居るといえばいますけど。俺たちとは仲が悪いんスよね」
クラスの問題児と生真面目な委員長。当然といえば当然だ。
「ま、私としては、祐ちゃんが親友って認めてるアナタを信用するわ。頑張ってね」
月子さんは手をひらりと振って俺に背を向けると、家に入っていった。
俺の目の前で、ドアが閉じられる。
「バスタオルの………湯上りのお肌……祐ちゃ……わね」
「ちょっ! 姉さっ!? や、やぁっ……ひぁっ」
「………ちゃんの弱いところは……ってる……」
「だいじょ……ゃないっ……っ……っ!」
ドアの向こうから漏れ聞こえてくるアヤしい声に、俺は慌てて踵を返し、海原家を離れた。
しかし、風呂を覗いた時に見た十年来の親友の変わり果てたあられもない裸身と、
ついさっき聞いた姉弟……姉妹のやり取りが、俺の脳裏にこびりついて離れなかった。