「あら、似合うじゃない」
姉が嬉しそうな声をあげる。
「………はぁ」
僕は、鏡を見ながら今日何度目かの溜息をついた。
不思議な安心感から、姉に身を任せてしまったのがマチガイだった。
瞬く間に服を着せられて、今正面の鏡に映っているのは、
生クリームのように真っ白でフリルでレースなロングのワンピースにデコレーションされた、自分の姿。
「ケーキのスポンジにでもなったみたいだ」
思わず、呟く。
というか、なんで普通のデパートに、こんな趣味的な服があるんだろう。
「そうね。柔らかくて、甘くて、美味しいし」
「ひゃぅっ」
また、抱きすくめられた。
「姉さんっ、いい加減にっ」
さすがに、試着室を占領しているのも限界だろう。あまり長いと、店員に変に思われる。と、思う。
背後で揺れるカーテンの向こう側に、人の気配を感じるたびに、冷汗が出る。
もし、何かの拍子にこんな所を見られたら、と思うと、気が気ではなかった。
「ま、それはそうね。祐ちゃんは、後でいくらでも食べられるしね」
………。
姉の、背筋の凍るような発言を聞かなかった事にして、僕はカーテンを開けた。
「んまー! お似合いですわ、お客様っ!」
少々歳のいった女性店員が、レジの向こう側から僕の頭の天辺から足先までをじっくりと吟味しながら、僕を褒めちぎる。
姉以外の人に、今の僕をこんなにじっくりと見られるのは初めてだった。
服装は、さっき試着したワンピースのままだ。姉がとても気にいったらしく、このまま着ていくことを強硬に主張したためだ。
さっきまでのミニスカートよりは随分マシだと思って、妥協するしかない。
それでも、恥かしさのあまり頬が熱くなって、つい俯いてしまった。
「あら、照れていらっしゃるんですね、可愛らしい」
僕のそんな様子を、店員はプラスに受けたようだ。さっきよりは少し落ち着いて、そんなことを言った。
ちなみに、さっきから紙袋に服をてきぱきと入れる手は止らない。器用だ。
「こんな可愛い妹さんが居て、羨ましいですわね」
店員さんは、今度は姉に話を振る。
「ええ、可愛いでしょう? 自慢の恋人なの」
姉は、柔らかに微笑んで、そう言った。
………。
………。
………。
こいびと……?
恋人ぉっ!?
「ね、祐ちゃん」
姉は、不意打ちで動揺して何も言えない僕の肩に手を回すと、耳元でささやいた。
姉の吐息が耳に入り込んで来る。自然と、体が小さく震えてしまう。
「っ…やぁ」
「ほぉら、可愛い」
店員が、顔を真っ赤にして、けれども興味心身といった様子で見つめている。
幸い、ほかの店員や客は、まだ気付いていない。
「ふぁ・んっ」
舌がちろりと耳たぶを舐め上げ、そして、唇が甘噛みする。たったそれだけの事で、僕の体は言う事を聞かなくなっていた。
震えが止らない。おなかの下のあたりが、熱い。
じわりと、体の奥からなにかが滲み出てくる、感覚。
「ふふ、冗談よ」
唐突にそう言って、姉は僕から体を離した。
「さ、行きましょ。ほかにも回る所はあるんだから」
そして、服の入った袋幾つかを今だ呆然としている店員から受け取ると、
レジに表示された金額ちょうどをカウンターにおいて、僕を促した。
「う、うん……」
まだ体がじくじくと疼くけれども、このままここに居るわけには行かない。何とか我慢して、姉の後について行った。