(おいおい、マジかよ)
小峰達也はゴクリと唾を飲み込んだ。自分が居る個室の隣、そこから聞こえてくる少女の嬌声。
不意打ちともいえる事態に取り出したタバコが指から離れ便器の中に落ちた。
昼休み、タバコを吸うためにトイレに行くと清掃中の札が立っていた。
他の階に移動しようとした彼がふとトイレの中を覗き込むと、一番奥の個室が使用中なこと以外誰かが居る気配は無かった。
都合が良いと適当な個室に音を立てないように入りタバコに火をつけようとしたとき、微かに聞こえてきた女の声に彼の動きは止まった。
狭い個室の中で息を殺していると何かを話している声が聞こえてくる。
個室が離れてしまっている上に向こうも声が小さいのか断片的にしか聞き取る事ができないが、男が何か女に言っているらしいことがわかった。
(学校のトイレでおさかんだな、おい)
そう思いながらも彼はひどく興奮していた。気が付けばギチギチに硬くなったペニスを取り出し激しく擦り初めていた。
そして、一際大きな声が聞こえたとき、彼もトイレットペーパーに白濁液をぶちまけていた。
身体にまとわりつく軽い虚脱感に荒い息を押し殺しているとドアを開ける音が聞こえ彼の心臓は跳ねた。
そして彼が息を殺して潜む個室の外で荒い足音が瞬く間にトイレから出ていく。
(あ、あぶねぇ・・・)
デバガメが見つからなかった事に安堵の息を付くと自分の個室のドアを微かに開き外を見る。そこには彼が予想もしなかった人影が見えた
(あぁ?)
はだける男物の学生服の間から除く女性のライン。混乱しているとその人影も乱れた学生服を整えトイレから出ていった。
(なんだ?どういうことだ?)
彼は5分ほどその場で考え込むと口の端を吊り上げる。自分の思いつきに満足するとすばやくトイレから出ていった。
あの男の格好をした女を見つけるのは難しい事ではなかった。
ちらりと見えた上履きの色から学年を割り出すと、残った昼休みを使いその学年の棟を歩き回った。
2往復もした頃、彼は目当ての人物を見つけ、同じクラスの男を何人か捕まえ、さりげなく情報を聞き出した。
どうやらあの女は完全に男として周りに認知されているらしい。それは、自分が女である事を隠していることに間違いない。
彼はその結果に満足すると学校を抜け携帯を取り出した。
「よお、おもしれー話があるんだけどのらねーか。あ? 美味しい思いさせてやるって言ってんだよ、サボっちまえや。
あぁ? だから詳しい話は落合ってから教えてやるって。じゃ、何人か集めろよ」
電話が終わると彼はそのまま学校に戻らず駅前へと歩いていった。
チャイムの音が聞こえる。時計を見ると6時を少し過ぎていた。
「京介君・・・」
保健室のベッドを抜け出すと自分の鞄がベッドの側に置かれているのを見つけた。どうやら同じクラスの生徒か教師が持ってきてくれたらしい。
「お、もう大丈夫か?」
鞄を手に取ると同時に保健室のドアが開き保険医が戻ってきた。
「はい、ご迷惑おかけしました」
「お前の担任には言っておくから今日はもう帰っていいぞ」
「はい」
輝は頭をペコリと下げると保健室を後にした。
(どうしたら・・・いいのかな)
薄っすらと暗くなり街頭がチカチカと点灯し始めた帰り道を、重い足取りでゆっくりと進む。京介の自分に接する態度が変化してきているのはわかっていた。
それが京介が苦しんでいるんだとも無意識に理解していた。どうすればその苦しみから京介が解放されるのか、輝はそれだけを考えるようになっていた。
自分が京介にされている行為は前より辛くなくなっていた。態度こそ変わらないが殴る回数が減っている事も気になっていた。
(どうすれば・・・)
自分はまだ耐えられる。だがこのままだと京介がどうなってしまうのだろう。それだけが心配だった。
憎いと思っていた相手を何故そんな風に思ってしまうのか。それは輝自身にもわからなかった。
(え?)
そんな事を漠然と考えながら歩いていると、ふと違和感を感じ輝は立ち止まった。
(誰か・・・居る?)
遠い間隔で街頭が設置された薄暗い道。見回しても自分しか居ないはずなのだが何かの気配がする。
遠くで聞こえる自動車の音すら不気味に感じられ輝は駆け出した。それを──
「よお、逃げんなって」
声をかけられ道を塞がれた。前から3人、後ろに2人。全部で5人の男が輝をニヤニヤと見ていた。
その中の一人、自分と同じ学生服を着ているが見覚えのない生徒が、値踏みするように輝を見ると一歩前に出てきた。
「2組の早乙女輝、だよな? ちょっと俺らとつきあってくれよ。断ったって別にいいけどよぉ、お前の秘密ばらすぜ?」
「な、なんで・・・」
輝の瞳が驚愕に揺れる。そんな輝を追い詰めるように5人は距離を縮めていく。
「どうすんだよ、あ?」
「わ、わかり・・・ました・・・」
消え入りそうにそう呟く輝に5人は下卑た笑いを浮かべ、その腕を乱暴に掴むと彼らの『溜まり場』へ連れて行くのだった。