とある大学の敷地内。数人の男女が話している。
「あれ? リョウタ、あんたアパート追い出されたんじゃなかったっけ?」
と、聞いてくるのは眼鏡をかけた女の大学生。肩まで伸ばした髪を綺麗にまとめている
知的美人といったところ。セーターに青いジーンズ。
「あぁ、今アイツのアパートに仮住まいってところだ」
答えるのはラフな格好をしたリョウタ。
「ほんとにアパートに転がり込んだのっ!? それって同棲!同棲なのね!?」
「同棲・・・っつーか、同居だ、ミサト」
「うあぁ・・・なんてこと。 不潔ね! 男同士で昨夜はあんなことやこんなことっ!」
朝からうるさく喚くミサトを尻目に、缶コーヒーのプルタブをあけ、
―――まぁ、男同士じゃないが、あんなことやこんなことはやったなぁ・・・。
一口飲む。
―――鈴、可愛いもんよ。 エロイし。
「男同士で、そんなこたぁする趣味無いネ」
「あぁ〜、このカップリングならどっちが攻め? や、アイツは攻めってよりは受けが似合うかも。いやいや! 意表をついて攻めってのもクるわねぇ
〜・・・」
「おい、ミサト。暴走する前に俺の話を聞け」
「何よッ! 今新刊のインスピレーションが来たんだから黙ってなさい!!」
「・・・いい加減、身内をネタに本を作るんじゃない・・・」
ミサトはヲタだ。やおい同人界では知らないものはモグリという、ちょっとした有名人。
時々妄想に入って話を聞かない癖があるが、基本的に良い友達だよな、とリョウタは思う。
姉御肌で、面倒見が良く、サークル仲間から頼りにされている。
「はぅあっ! ってことはもしかして、アイツの操はすでにリョウタによって奪われたと、そういうことね!この見境なし!!」
「どっちが見境なしだ、バカ」
―――実際奪ったけど。
「で、アイツは今日どうしてんのよ。サークルに顔出すって言ってたじゃん」
「鈴・・・じゃなくてアイツは、その、風邪だ。うん」
―――メイドになって、オレの帰りを待ってますなんて言えねぇし。
「風邪ぇ?」
「熱出してな、40度、やばいんだって」
「ぇ・・・それほんと?」
急にミサトの表情が曇る。ここぞと、リョウタはごまかす。
「あ、あぁ! マジマジ!」
「っ!バカッ! なんで看病するとかしないのよ!」
だっ、と駆け出したミサトをリョウタは追いかける。
「おい、待てって、 っよ!」
飲み終わった缶コーヒーをゴミ籠に放り投げ、
カーンっ!
外れる。
「あぁ、くそ!」
缶を籠に入れなおして、周りを見渡しても、ミサトの姿はどこにも無かった。
リョウタの洗濯物を干しつつ、
「はぁ・・・」
本日40回目の溜め息。
掃除、洗濯、炊事。メイドとして命じられた家事を無難にこなす自分に落胆する。
「こんなことしてる暇ないのになぁ・・・」
だんだんこの体にも慣れてきたように感じる。
ちょっとした仕草も女の子みたいで、無意識に耳の髪の毛をかきあげた時は怖くなった。
・・・こんなことで本当に男に戻れるのかな・・・。
リョウタが今日、あの露天商を探すとか言ってたけど。たぶん、アイツじゃ無理だろなぁ。
家事中にこのベルについて、いろいろ試してみた。
分かったのは、自分が補足設定を言っても無効になること。
ただし、録音して、それを聞いたうえでベルを鳴らすと設定が追加されること。
一度追加された設定に対して、矛盾した設定は無効になること。
追加された設定は、しばらくたつと消えること。
実際に設定の宣言をMDに録音して試してみた。
『設定、「シェー!」のポーズをする。』
―――ちりん
『補足設定・「シェー!」のポーズをする・実装』
「うあっ! ちょっ!」
体が勝手に動く。右足を宙で曲げ、左手を横に、右手を上へ掲げる。
「んーっ! つ、辛い・・・」
続けて2つ目の設定を再生する。
『設定、自然体のポーズでいること。』
―――ちりん
『補足設定・自然体のポーズをする・実装不可能
permissiondenied』
「も、だめっ!」
30秒ほど姿勢が固定されたところで、バランスを崩して盛大にこける。
「いっつー・・・」
お尻をさすって、ふと気付く。
―――ポーズ、固定されていない。
―――んー、やっぱ設定によって効果時間が変わってくるのか。
―――無理な設定ほど、短い。逆に自分が自然に思うような、馴染んだ設定の硬化時間は長いのか。
「というか、シェーはないだろ、自分」
ぽつんと、一人ツッコミ。どうしたものか。
今は昼過ぎ。
メイドらしく家事全般をこなし終わったところ。さて、お茶でも入れますかとキッチンに入ったところ
―――ぴんぽーん
インターホンが鳴る。
リョウタ、帰ってきたのかな?
「はーい、今開けますよ〜?」
と、玄関のドアを開けると、よく見知った眼鏡の女子大生。
「ミ・・・ミサト・・・?」
「・・・アンタ、誰?」
「だからって・・・メイドにならなくても。しかも可愛いし」
ミサトがカップに口をつけつつ、言う。
今、オレとミサトはコタツに入って紅茶をすすっている。
オレの愛人だとか、リョウタが昨日呼んだヘルス嬢だとか、喚くミサトを何とか宥めて状況を話した。
とはいっても、昨夜のリョウタとのセックスまでは話すことは出来ないけど。
ミサトが落ち着くまでに一時間。さすがにオレもぐったりしている。
「そんなに言うなよぅ・・・」
「そもそも、なんで女になっちゃうのよ、バカ」
「なりたくてなったわけじゃないっつに・・・」
「はぁ〜あ、アタシの人生プラン台無しよ? どうしてくれんのよ」
「人生プラン? ミサトにもあったんだ?」
トポトポと、空になったミサトのカップに紅茶を注ぐ。
「あるに決まってんでしょ!稼ぎがまぁまぁ、顔もそこそこイイ男と結婚して、アタシは同人やりつつ主婦やんのよ。で、お金がそこそこ溜まったら・・・」
「・・・それって・・・何でオレが女になったから台無しに?」
「うわあっ! このニブチンっ!!」
顔を真っ赤にしたミサトが机をバンッとたたく。思わずビクッと身をすくめ、
「オレ・・・なのかっ?!」
「そーよっ!バカバカバカ!!」
―――うわぁ、思いもよらない所からの告白だ。
涙目に激昂するミサトをみて、ふと悪い気がした。
「ごめん・・・なさい・・・」
「うっ!・・・可愛いのがまた癪にさわる・・・」
ミサトは、所在なさげにカップを持ち上げ。
何かを決断したように、一気に紅茶を飲み干す。
「ふぅ・・・この際、やるとこまでやるわ。あなたの操はアタシがもらうっ!」
「えぇー!?」
がばっ、とミサトが動く。オレの顔を掴んで、真顔でささやく。
「リョウタなんかにやるもんですか・・・。えーと・・・、」
ミサトは少し考え込んでから、オレの顎を右手でくっと持ち上げる。
ミサトの綺麗な目がオレを映している。
ミサトの目が閉じられ、唇が近づいてくる。オレも反射的に目を閉じ、
「設定、あなたはアタシから離れられない」
―――ちりん
『補足設定・ミサトから離れられない・実装』
ちゅっ―
軽いキス。しかし、オレの気は動転している。
「ちょ、何設定してるんだよっ!」
「ふふん、あなたが悪いのよ? すずちゃん、だっけ?」
「ちゃんと考えてから設定しろっ!!」
叫ぶオレは既に正面からミサトに抱きついている。
「ぅわっ! 鈴ちゃんってば大胆なのね!?」
「ち、ちがっ!! ・・・離れられないんだよ」
「・・・え?」
「ミサトがそういう風に設定したから」
ミサトから離れられない。体が触れ合っていないと、不安になる。怖くなる。
もう・・・離したくない。
「うぁ、えっと、せ、設定!アタシから離れられるようにするっ!」
―――ちりん
『補足設定・ミサトから離れられるようになる・実装不可能
permissiondenied』
「離せないって・・・。既に設定した事と矛盾するようなことは、設定できねぇの」
「なんですってぇっ!! ってことは、ずっとアタシ達、抱き合ったまま!?」
「設定が消えるまで・・・かな」
「いつ設定消えるのよっ!」
「わっかんねぇよっ。オレが馴染まなければすぐに消えるかもなぁ・・・」
「うー・・・参ったわね」
「たぶん、こんな無茶苦茶な設定はすぐ消えるだろうけど。っつーか、消えろぉー・・・」
オレ達は抱き合ったまま唸っていた。
「ふぁあっ!ちょっと、どこ触ってんのよ!」
ミサトが突然叫ぶ。
「え? どこの事だよ」
体全体で抱きついているので、「どこが」いけないところなのか分からない。
もそもそと、姿勢を変えてみる。
「ひゃあっ! ば、ばか、動くなっ!」
「そう、言ったって。んしょっ」
「ば、動くなぁっ!」
おれの胸とミサトの胸がぶつかって、互いに形を変えているのがわかる。
「んはぁ・・・」
―――気持ちいい・・・。
胸がだんだんドキドキしてくる。昨夜リョウタに設定されたのが効いてるみたいだ。
設定のせいだとわかっていても、体はミサトに擦り寄る。
「あ・・・あのね?」
ふと、ミサトが呟く。
「トイレ、に行きたいんだけど、離せない、かな?鈴ちゃん」
「・・・無理だよぅ」
「うー・・・参ったわ。せ、せめて妥協して手だけ繋ぐってのはどう?」
「手・・・なら、なんとか・・・。我慢してみる」
オレ達は二人、抱き合ったままトイレに向かう。酷く滑稽なんだろう、とか思いつつ。
「手、繋いでるから、トイレの外にいなさいよ」
「あぁ」
「間違っても、トイレの中に入ってくるとかしないでねっ!」
「うぅ・・・、がんばります」
「がんばるって・・・。 ふぅ、しょうがないか」
しぶしぶと、オレはミサトから体を離す。
―――怖い。不安が首筋に這い上がる。
「は、はやく、して、ね」
「あーもー、ちょっと黙ってなさい!」
ミサトがトイレの中で、ごそごそと用を足す。
―――怖い。怖い。怖い。 得体の知れない恐怖が手にまとわりつく。
―――不安。不安。不安。 手が、震えている。
「・・・やぁ・・・」
ミサトの体温が感じられない体に震えが感染する。
もしかして、ずっとこのまま一人なのでは?
いきなり女になって、ミサトやリョウタからも捨てられて、この一人ぼっちの冷たさの中、ずっと生きていって。
「やだぁ・・・っく、ぐすっ・・・」
ミサトと繋いでいる右手はそのままに、左手で胸を抱きかかえる。
左腕にオレの涙が落ちる。
―――泣いてる。
「ひぐっ・・・ぐじゅ、っつ」
水の流れる音がする。ミサトが用を足し終えた。堪らなくなって、トイレのドアを開け放つ。
「みーざーとーっ!!」
「うひゃぁあっ! なに、開けてんのっ! って、なんで泣いてるのよ、ちょっとちょっと」
ミサトの胸に顔を埋めて、オレの泣き声は嗚咽に変わる。
「ひどいよぅ、こんな設定したのに!ぅわ〜〜〜んっ」
「あー、アタシ・・・のせいなのかね・・・。鈴ちゃん」
「ひっく、、なに?」
「せめてズボン履かせてくれないかな?」