うっわ誰だよ、こんなことした奴! 下着まで女物じゃないかよ。どういう趣味?
一体俺の部屋にいつの間に・・・、あ・・・そういえばどうやってこの部屋にもどったんだっけ?
昨日の夜女にされてからの記憶が・・・・いや、そんなことよりこの状況をなんとかしなきゃ。
今日は研究室のゼミがあるんだ、意地でも出席しないと進学がヤバイ。
ただでさえ単位足りてないのに、教授に嫌われたらおしまいだ。
えっと確かリュックの中に・・・あった!この前チャリ部で合宿にいったときの着替え!
ふっふっふ、ここまでは手が回らなかったみたいだな。誰だかしらないけど、思い通りになってたまるか。
フードつきのパーカーとジャージのパンツだけど、この際贅沢はいってられないや。
ん? なんかやけに袖と裾が余るな・・・。まあいいか、気にしなーい。
「こんちわー」
「あ、ひろみせんぱーい」
研究室のドアを開けると、パソコンに向かっていた学生が満面の笑顔で振り向いた。
こいつ、研究室に3人しかいない女子学生のひとりなんだけど、妙に俺のことを気に入ってるみたいで、
なにかにつけて俺をからかおうとする。俺なんかよりいじりやすい奴は他にいるだろうが。
こんなつまんない奴いじって何が楽しいんだっつーの。なんて、自虐的な気分になってくる。
愛想なく「おっす」と返事をした俺を、西崎(こいつだ)がまじまじと見つめてきた。
「なに?」
「あれぇ、先輩、今日は妙にかわいくなってないですかぁ?」
「え? そ、そうかな」
「そうですよー、いつもの先輩もかわいいけど、今日の先輩はもっとかわいいっ。当社費6割増し!」
「なんだよ当社費って」
「ひょっとして、なんかあったんじゃないんですかぁ?」
「・・・・・」
「ふーん、無愛想な先輩にも、ついに♪ 春ですもんねぇー、うーんそうかぁー」
ひとりで納得している西崎を置いて、ゼミの前にトイレに行っておくことにした。
「うーん、確かに顔が若干変わってる気がする・・・」
鏡に映った顔をまじまじと見ながら、俺は独りごちた。
もともと眼は大きい方だったけど、今はより睫毛も伸びてくりっとした感じになっている。
それに顔の輪郭も少し角が落ちて丸くなった感じだ。
髪質まで変わってしまったのか、髪の毛も前よりふわふわした感触になっていた。
「まだあの薬の効果が残ってるのかなぁ・・・」
昨夜のことを思い出して、思わず身震いした。いまだに信じられない。あれが現実だなんて・・・。
でも、女になったときのあの柔らかい体の感触・・・そして、女の、あそこの・・・
瞬間、あの得体の知れない男の顔がよぎって、俺はあわてて回想を打ち切った。
「なにかあったんですか、かぁ・・・確かにあったよなぁ、ありえねーことが・・・」
がっくりと肩を落としてふと腕時計に眼をやると、もうゼミが始まっている時間だった。
「うわ、やっべ・・・」
ドアの隙間からこっそりゼミ室に滑り込む。ちょうど、俺と同じ3回生の学生がドイツ語論文の和訳を発表しているところだった。
隅っこの椅子に音を立てないように注意して座り、いかにも発表に聞き入っているかのような神妙な表情をつくる。
とはいっても、1、2回生のときにドイツ語をサボっていた俺にはどこをどう訳しているのかさっぱりわからない。
当然眠気が襲ってくる。だいたい昨晩一体何時間寝られたのか怪しいところだ。
うとうとしていると、誰かにわき腹をつつかれた。
(ん・・)
(先輩、八柳先輩)
寝ぼけまなこで横を見ると、2回生の桐嶋さとみが顔を覗き込んでいた。
(・・・なに?)
(先輩大丈夫ですか? ひどい汗ですけど・・・)
(え?)
不審に思って額をぬぐってみると、確かに手の甲にぐっしょりと汗の雫がついた。言われてみれば、心なしか体も熱っぽい気がする。
(うん、たぶん大丈夫だよ)
(でも・・・)
桐嶋に心配そうな顔で見つめられて、俺は少しどぎまぎしてしまう。
彼女は西崎とはまた違ったタイプの後輩で、何でも一生懸命にやるところに好感が持てた。
実際、ゼミでは2回生とは思えないほどよく練られたプレゼンをして、先輩方を驚かせたこともある。
思わず彼女を見つめ返してしまい、あわてて姿勢を直そうとしたとき―くらっ・・・そのまま椅子から転げ落ちた。
「おい君、大丈夫かい?」
教授が長机の向こうから声をかける。う、いてて・・・。
返事をしようとしたが、なんだか体中から力が抜けてしまったようでひゅうひゅうとしか声が出せない。
なんなんだよ、いきなり・・・
「わ、私、医務室に連れて行きます!」
学生達が俺の醜態に唖然とする中、桐嶋が俺をゼミ室から引きずり出した。ごち。痛って、壁にあたった、壁にっ。
桐嶋の肩を借りて、廊下を引きずるように歩いていく。体は麻痺したようになっているし、その上動悸が治まらない。
あれ・・・そういえば・・・なんで桐嶋が俺を担いで歩けるんだ・・・。
桐嶋は特別背が低いわけじゃないが、それでも俺との身長差は15cm以上あったはずだ。
なのに彼女ときたら、さほど重そうなそぶりも見せずに俺の上半身を肩に担いでいる。
まるで俺の体が小さくなってしまったみたいに―─!? まさか・・・昨日の薬が今さら・・・?
脳裏に昨晩の非現実的な出来事がフラッシュバックする。いやだ・・・
また女になるなんて・・・しかも彼女の前でなんか変わりたくないよ・・・。
恐ろしい推測に思いあたって、俺は必死に自分の体に命令を送った。
動け、動けよ。この場から離れなきゃ。どこか人のいないところに・・・
しかし体は悲しいほど言うことを聞いてくれない。
とうとう逃げ出すこともできず、俺は医務室のベッドの上に寝かせられてしまった。
医務室に常勤の先生がいなかったのはむしろ幸いだ。
「先輩、これ飲んで」
「え?」
うなずく暇もなく、少女は何かの錠剤を半ば強引に口に押し込んだ。うぐ。
「なに、今の・・・?」
「なにって、先輩のリュックに入ってたお薬」
「へ?」
「え、えっ、いけなかった?私てっきり、先輩の持病の薬かと思って―」
彼女が示したのは、見覚えのある黄色の錠剤が入ったアルミパックだった。これって・・・あの男が持ってた―─。
なんで俺のリュックに―ていうかなんでそんな得体の知れない薬を飲ませる!? お前はっ!
しかしその抗議を口に出すことはできなかった。
「うぐ、ああああああああああああああああっ!」
薬のせいか、急激に体が軋みはじめる。
忘れてた。彼女が、ごくたまに頓珍漢なことを平気でやる、ってことを。
体が再構成される苦しみの中、半泣きになっておろおろしている桐嶋が視界に入ったような気がした。
「うう・・・はぁ、ぐぅううっ!」
同じだ・・・あのときの感じと。骨が軋み、肉体が別のものに造りかえられていくような感覚。
俺はぎゅっと眼を閉じて、苦痛が過ぎ去るのを待った。あまりの不快感に、自分の両肩を抱え込み上体を折り曲げる。
自分の身体が今どんな状態かなんて、見たくもなかった。
それでも、俺の触覚は肉体の変化を充分すぎるほど伝えてくる。
掌の下のごつごつした肩が、丸みをおびた華奢な形に変わっていくのを。
胸の前でV字に折り曲げた両腕を、柔らかな弾力を持った双球がじわりと押し上げていくのを。
「うあ・・はううぅ・・・っ」
苦痛がさざ波のように去っていく・・・。と同時に、俺はベッドの上でがっくりと突っ伏した。
さらり。長く伸びた髪の毛が頬をなでる。
しばらくそのままの姿勢で、俺は小刻みに震えていた。
体は冷や汗でぐっしょりと濡れ、不快な余韻を残していた。
「せ・・・んぱい?」
桐嶋の震えた声で、我に返った。
・・・・・・見られた。どうしよう・・・こんなこと、一体どう説明すればいい?
正常に戻りかけていた心臓の鼓動が、再びばくばくと鳴りはじめる。
観念して恐る恐る顔を上げると、呆然とした顔の桐嶋と眼が合った。
こんなこと・・ありえない。顔にそう書いてあるのが見えるようだった。
一体・・・どんな言葉を発すればいいというんだ?この状況で。ぐっ・・と下唇を噛んで、俺は桐嶋の瞳を見つめた。
自然と、涙があふれてきた。うぅ・・くそ、こらえきれない。
眉間にしわを寄せ、情けない顔でぽろぽろと涙を流している俺を見て、桐嶋はようやく、はっとしたような表情を見せた。
「八柳先輩・・これって・・・一体どういうこと?」
「うっ・・・えぐ・・・俺にも・・・わかん・・ないよ」
初めて発した声はまるで馴染みのないもので、その少女のようなトーンが、俺をますます情けない気分にさせた。