「ああ!?」
茶髪とその仲間が後ろを振り返る。
そこから、闇から出てきたかのように一人の人物が現れる。
突然の来訪者に、4人の視線がそいつに注がれる。
霞む視界の中、京太はその人物の顔に見覚えがあった。

「っせーぞこらぁ! てめえも殺されてえのか!?」
茶髪がわめき散らす。
それを、いつの間にか顔を青くした仲間が「おい、」と焦ったように止める。
それから、茶髪に小さく耳打ちすると茶髪はうってかわって同じく青い顔になり、
けれど拭えきれぬ怒りを表情に滲ませ、ひとしきり京太の顔を睨むと乱暴に掴んでいた胸倉を離し、
「クソッタレ────!」
仲間とともにその場から逃げ出していた。

…なんの奇跡か、俺は助かった。
しかし、蹴られた腹の痛みで京太の意識は朦朧とし、立つことも出来ない。
このままでは路上で夜を明かしそうな勢いだ。
一言で不良を追い払った男が、開いた道を何事も無かったかのように通り過ぎる。
途中、つまらなさそうに僅かにだけ、京太へ視線を向けた。
そして、京太を見るなり、男は息を呑み、ぎょっとして目を見開く。
「…おま、まさか───宮代か…?!」

男は弾かれた様に京太へ近寄る。それを、他人事のように京太は見ていた。
ああ、こいつが驚くのも無理はないな、と。
京太は男の名を知っていた。
こいつは名を、岩切陽介という。
岩切陽介と宮代京太の関係はというと、決して友好的なものではない。
むしろ、敵同士である。
洋介は他校のリーダー的存在であり、ここらでは畏怖の象徴でもある。

…数々の伝説もある。
50台のバイクを一人で蹴散らしたとか、学校を半壊させたとか。
グラウンドに巨大な穴を開けたなどなど。
明らかに嘘っぽいのが。
とにかく、陽介はその腕っ節の強さと面倒見のよい性分によってカリスマ的存在なのだ。
それで、ひょんなことからそんな何の接点も無い陽介と京太は対峙した事があり、
死闘?の末勝負は引き分けとなった。
それ以来、何が楽しいのか知らないが、陽介は京太をライバルとして何かあるたびにケンカをふっかけて来る。
「宮代ッ! 今日こそぶっ殺す!」
京太としては、もう二度と(色々あって)戦いたくない相手なので迷惑以外の何者でもない。

「……ぁ」
目を覚ますとそこには、見覚えの無い部屋の天井があった。
京太はまだ覚醒しきっていない頭をふって、ゆっくりと上半身を起こす。
そこで、体が軽くなっていることに気がついた。
「っ!」
胸を隠す上着を着ていない。Tシャツだけになっていた。
これでは胸が目立ってしまう、と反射的に腕で隠してしまう。

「起きたか」
突然そばから声がして驚く。なぜか、そこにはベッドにもたれつつテレビを見ている洋介の姿があった。

「…陽介? ここは…」
「見てわかんねーのか俺の部屋だよ俺の部屋」
言われて見渡すと、自分が寝ていたのはベッドの上だった。
一人暮らしらしい狭い部屋の中は空き缶、雑誌、服やら得体の知れないものでとてつもなく汚れている。
…掃除しろよ。
状況からして、陽介が京太を助けたことがすぐに分かった。
「…なんで」
こんな馴れ合うような関係ではなかったはずだ。
「うるせえんだよ、黙ってろ! あーもーやっぱ捨てとくんだったぜアホか俺は」
やけくそに叫ぶ陽介。
背中を向けているので顔は見えないが、どんな苦い顔をしているのか容易く想像できた。

間。

がしがしと頭をかいていた陽介は突然、
「……宮代。おまえ女だったのか」
ぶゥ。
いきなりで単刀直入な陽介の質問に京太はふいた。
まあ、上着を脱がせたのが陽介なら、胸のふくらみも見られただろうからバレてしまうのは当然だ。
「馬鹿いえ。俺は男だ」
「ふーんじゃあ下はまだついてるんだな」
ぶゥ。
陽介は何か勘違いしているらしい。
「違う! 手術じゃないっ! 朝起きたら女になってたんだっ!!」
ここから先は、藤也のときの二の舞だったので省く。

「…そういうわけで、仕方なくこんな姿でいる」
「いいんじゃねーの、そんな経験一生に一度出来るか出来ないかだぞ」
「そういう問題じゃない!!」
まったく、なんて前向きな神経をしている男なんだと思う。
「…で? おまえどこまでが女なんだよ、宮代。中も変わってんのか」
「…見た目が変わったのだから中も女になってると思うが」
見た目だけでも精一杯だというのに、中がどうなっているかなんて考えたくもない。

「ふーん」
陽介はひとしきり京太を眺めた後、ふと席を立ち、ベッドに腰掛けている京太のそばまで行く。
「じゃあ、俺が確かめてやろう」
「え」
と思ったときには、陽介は後ろから抱きすくめるように京太の胸をわし掴みにしていた。
「…っあ!? な、何してっ」
しかも陽介は指先を巧みに使いながらも揉みしだき始めた。
その突然の行為に、京太は自分でも分かるくらいに赤面した。
「おうおう、いいムネしてるな宮代。サイズはDとみた」
振り返ることが出来ないので、目だけを動かして陽介の顔を見る。
陽介はニヤニヤと明らかに楽しんでいる。
「ば、か! やめろ、今すぐ…!」
陽介の腕を掴んで引き剥がそうとするが、びくともしない。
「の、貴様は変態か!? 触るな!」
その為すがままの状態がどうしようもない羞恥を京太に与える。
陽介はニヤニヤとしたまま、巧妙な手つきで揉む。
「っ、痛! 痛い、やめ、…く」
潰すように陽介は掴んだ胸を押す。
「……んっ」
京太は唇をかみ締めて耐える。

───最初、陽介はいつもスカしている京太をからかってやろうと思った。
陽介の予想通り、女の京太は陽介の力に勝てずうろたえている。
「……んっ」
しかし。
その抵抗する力が。無意識に艶っぽくなる声が。
なにより、いつも無表情な顔が、今は眉をひそめて羞恥の色に染まっている。
それが陽介の男としての嗜虐心をかきたてた───。


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