今日もまた退屈な日が過ぎるだけのはずだったある日のこと。
 誰もいないはずの部屋の中に、一人の少年が扉を開けて顔をのぞかせ、こちらを見ていた。
 声が出なかった。

「お姉ちゃん、だれ?」
「あ−−う」

 小さな少年を目の前にしてパニックを起こした頭を落ち着かせるように、士狼は深呼吸をする。

「はあ、ふう。−−俺は」

 そこまで言いかけて、士狼ははっとなる。
 シャワーを浴びた後で全裸のままだったのだ。顔を真っ赤にして、慌てて後を向いてしゃがんでいった。

「ちょっとあっち向いててくれるかな」
「うん。いいよ」

 下着をつけて服を着る。その間中、士狼の頭の中は様々な考えが渦巻いていた。手が震えてなかなかうまく服が着られない。
 ようやく服を着終わって、士狼はベッドのある部屋へ少年を招いて訊いてみた。

「何でここにいるんだ? 坊主‥‥お前の名前は?」
「あきら! 文岸晶っていうんだよ。お姉ちゃんは?」

 少し迷った後、士狼は自分の本名を言った。

「士狼お姉ちゃんっていうんだ。ふーん」
「お姉ちゃんじゃない! ‥‥いや、それより、どうしてお前はこんなところにいるんだ?」
「ぼくもわかんない」
 士狼は肩を落とした。

 二人は士狼の部屋のベッドに座り、話を始めた。
 士狼は言葉を選びつつ、自分が本当は男であること、さらわれてきたことなどを晶に話した。
少年は黙って耳を傾けているが、本当に理解しているかどうかは疑わしい。
 士狼が話し終わって、次は晶の番だったが、彼はあまり自分の身の上を話そうとはしなかった。
ここにいる経緯も、似たようなものらしい。
今まで開かなかったドアの向こうには短い廊下があり、それをはさんで対照的な位置に、同じような部屋があった。
晶はその部屋に入れられたらしい。
もちろん、廊下の先には出口に通じるだろうと思われる扉があるのだが、
やはり厚い扉に阻まれていて外に出ることはできなかった。

 お互いに話をし終わって、雑談になる。
 楽しかった。これほど話をするのが楽しいとは思わなかった。
女の声であることが苦痛だったが、すぐにそれも消えた。
知らず知らずのうちに士狼の方がしゃべり手、晶の方が聞き手になっていた。
士狼は今まで貯めていた言葉の堤防が決壊したように、話を続けた。
 やがて士狼がのどの渇きを感じて、立ち上がった。喉もすこし痛い。

「晶も水、飲むか?」
「お姉ちゃんって、かわいいね」
「こら! 俺は男だっていっただろ?」

 士狼が凄むが、美少女が言って似合う台詞ではない。
 晶はにこにこと笑ってこちらを見ている。
小学校6年生ともなると、声変わりをする子も多いのだが、彼はまだ少年の澄んだ声のままだった。

「でも、本当にかわいいんだもん」
「こら、年下のくせになに生意気いってんだ」
「鏡見たことないの?」

 下手をすればセクハラ間違いなしの言葉だが、士狼の心を鋭く切り裂いた。少し顔を上げてからうつむき、ぽつんといった。

「可愛いとは思うさ。自分でないならね」

「お姉ちゃん、キスして」
「へ?」

 突然、晶が言った。士狼の返事を待たずに、立ち上がって身をのりだしてきた。
慌てて晶から逃れようとするが、伸ばした手をつかまれ、胸を押されてベッドに倒される。
 瞬間、体が硬直した。
 胸をつかまれただけで、頭の芯が熱くなる。
 身長だって、こちらの方が5センチ程度とはいえ高い。
 相手はまだ性が充分に分化されていない、微妙な危うさを残した少年。
 それでも、男だ。
 士狼を見つめる瞳は真摯で、一点の曇りもない。

「ふざけるな。俺はおと‥‥んんっ!」

 両腕を左右に広げるように押さえつけられ、顔が近づいてきた。士狼はとっさに目をつぶった。
 歯が当たるかと思ったが、そんなことはなかった。
 軽くついばむような触れ合いを、二、三回。
 まるで少女のようなきれいな色の唇が士狼の唇に重ねられる。そのまま押し付けられて、口内粘膜同士が交わる。
 巧い。とても初めてのキスとは思えない。
 士狼の体の力が、自然に抜けた。
 頭が痺れる。
 晶の舌が、士狼の唇を軽くつついた。

「ん‥‥」

 唇を開けて、少年の舌を迎え入れる。
 士狼の体のスイッチが、自然に入ってしまった。

 唇をこじ開けるようにして、晶は歯茎を舐めまわす。
 歯を舌先で舐められているのがわかる。歯は磨いたかな、と変なことを考えてしまう。
 そんなことを考えていた士狼をじっと見つめる晶。
 士狼は口を開いて、本格的に滑らかで暖かいものを受け入れた。
 男の唾液が口の中に入ってきているのに、不思議と士狼には嫌悪感はなかった。
男と意識するにはまだ、小さすぎるからだろうか。
それでも体にのしかかってきている体は、女とは明らかに違う骨格だ。
 全力で抵抗しようと思えば、恐らく互角かそれ以上のはず。しかし体に力がまるで入らない。
レイプされる時はこんな感じなのかなという考えが士狼の脳裏に唐突に浮かぶ。
 何で自分は、こんな体になってしまったのだろう。
 悔しいと思っても、体は勝手に反応してしまう。
 士狼があまり抵抗しないのをいい事に、晶はTシャツのすそをまくって、胸を直接つかむ。

「ダメだって! そんなの、やめ‥‥ふぅんんっ!」

 士狼の体が弓のようにのけぞった。自分でも少し漏らしてしまったのがわかる。
多分下着はもう、かなり濡れてしまっているはずだ。
今の士狼の手とそう変わらない大きさの手が、双球の頂きにある、とっくに尖りきってしまった乳首をもてあそび始めた。

「お姉ちゃん、気持ちいい?」

 冷静に考えれば、こんな少年が突然部屋を訪れたこと自体がおかしい。
それにこの積極的な行動や子供らしからぬテクニック。変な所だらけだ。

「お姉ちゃんはお姉ちゃんだよね? 男だなんて嘘だよね」

 士狼は無意識のうちに、うなずいてしまっていた。

 心臓が早鐘を打つように高鳴っている。
 抵抗したいのに、抵抗できない。
 これから何をされるのか、まるきりわからないわけではない。少年といえども男。女性に対する興味がないわけがない。

「やっぱりお姉ちゃんってかわいいよ」

 −−かわいい。

 士狼の心に突き刺さる、言葉の魔法の矢。
 なぜ女性は抱きしめて欲しがるのだろう。
 なぜ女性は、言葉を求めるのだろう。
 以前はわからなかったことが、今ならわかるような気がした。心の中に溜まった澱が流れ落ちてゆく。
 人に体をゆだねる安心感。母親の懐に抱かれるそれとは違う、うまく説明のできない気持ちが士狼を包む。
 再び晶が、唇を重ねてきた。
 ああ−−なんて、甘いんだろう。
 味蕾の構成まで男とは違うのか。
以前では腹に入りさえすればいいというくらい食事には気を使わなかったのに、今では毎日の食事が楽しみでさえある。
 見た目、味、香り、舌触り、喉ごし。食は官能という言葉さえあるほどだ。
人間の本能に直結しているだけに、体そして心を揺さぶる。
 そして今、唾液さえもが、まるで甘露のように士狼の喉をうるおす。

「ふぅんんっ!」

 鼻から抜ける媚びたような声。全身に電流が走ったような甘い痺れが士狼を襲う。
 士狼は晶の舌に、自分の舌を絡めた。

 別にホモセクシュアルの気があったわけではない。それなのに、自分は男に抱かれようとしている。
士狼の頭の中で葛藤が繰り広げられていた。
 なんで自分は、少年とはいえ、男に抱かれようとしているのだろうか、説明ができない。理解できない。
それなのに、自分は晶と唾液を交換したりするようなキスをしている。
 触れ合う肌の感触。性器だけではない、触れ合い。
 五感すべてが、士狼の官能を揺り動かす。
それは長く続く、沈んだり浮いたりを繰り返す快楽の海を漂う舟に乗っているよう。
神が与えたもうた、生理や出産の苦しみを補うかのようなこの感覚。
射精してしまえば終わりの、ペニスくらいでしか快感を感じない男が哀れにも思える。
 ではセックスは快感を求めるためなのか。
 違う。子孫を作るためだ。だが、それならばなぜ必要がない時でもセックスをするのか。
やはり快楽を求めるためなのか? それは違うような気がする。
 抱擁し、抱擁され、愛し、愛され‥‥。
女性は母であり子であり、ふたつの役割を目まぐるしく入れ代わらせることができる。
奪うだけの自分勝手な男とは違い、生命を育み、育てることができる。
 与えることができる。全身で人と触れ合うことができる。
 元は一対であったのに分かたれた比翼の鳥、連理の枝のように、
失われたものを取り戻したくて人はセックスを求めるのかもしれない。
 晶が士狼を見ていた。まじまじと見つめられると、少し照れ臭い。
 そんなに見るなよと言いたかったが、黙っていた。

「はい、お姉ちゃん。ばんざいしてね」

 年下の少年の言いなりのまま、士狼は寝転がったまま両手を上に上げた。
 女の体に男の精神というバランスがそうさせるのか、Tシャツにスエットパンツという色気のなさが、
かえって士狼の魅力を引き出している。
まだ子供の面影を残した、心は男のままの少女。自然にはありえない存在だ。
 かわいい、という言葉が胸の奥に暖かく残っている。

 男だろうが女だろうが、関係ない。今はただ、この官能に身を委ねたい。
 それだけだった。

 Tシャツが脱がされると、胸があらわになる。
 恥かしい。無意識に士狼は胸を隠そうとした。
それを馬乗りになっている晶が悪戯っぽい表情で、隠そうとする手をやさしく退かせた。
 灯りがついたままというのも羞恥に輪をかけている。

「だめだよ、お姉ちゃん。隠しちゃったら見えなくなっちゃうでしょ」

 晶が胸に顔を埋めた。
 乳首を赤ん坊のように吸われる。
胸の奥から、強烈な母性が吹き出してきて目の前の少年を抱きしめたくなる。
口を開けて乳輪ごと吸い、舌で乳首を舐められている。
 下着が気持ち悪いくらいに濡れているのがわかる。晶がいなかったら、とっくに自慰を始めているだろう。
痺れるような疼きが下半身に染みわたる。触りたいのに、晶に止められてしまう。
無意識に彼の太腿に股間をこすりつけるようにしていた。

「女の人って、おっぱいを吸われると気持ちいいんだよね?」
「わかんない‥‥」

 指を咥えて軽く噛みながら、士狼は言う。言葉に出さなくても、どんどん自分が女性の気持ちになっているのがわかる。

『抱いて、キスして。そして私を愛して‥‥』

 弓奈の言葉が、不意に脳裏に蘇った。
 前戯は快感を高ぶらせるためだけにあるわけではなかったのだ。
今から身を任せる人を確かめるため、その人の子を宿すにふさわしいかどうかを
確かめるための本能なのではないかと、士狼は思った。
 ならば、目の前の少年はどうか。
 晶が胸から顔を上げて、士狼の方を見ていた。彼の頭を胸の間に押しつけるように抱いて、囁くように言う。

「いいよ‥‥晶にお‥‥私の初めてを、あげる」

 彼女は今、堕ちることを自ら選択したのだ。


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