気がつくと、慎はベッドの上に寝かされていた。
「え?」
 慌てて起き上がって、慎は体の様子がおかしいことに気づいた。
 手を見た。
 ほっそりとした手足に愕然となった慎は、慌ててタオルケットをどかして股間を覗く。
「よかった……まだついてる」
 声は少女のままだが、肋骨が薄く浮き出ているだけで胸は膨らんでいない。少々幼くなり過ぎてしまったようだが、まだ男の体のままのようだ。
体の細さからするとおそらく、中学生に上がるか上がらないかという年齢だろうか。
 だが、股間にそびえ立つ赤銅色の凶悪な代物は、メイアに変えられてしまった時ほどではなくなってはいるが、
それでも平均青年男子の倍近くはあるだろう異様なものだった。
 もちろんその下には……。
「あなた、オナニーし過ぎよぉ」
 慎が声のする方を見ると、やはりそこに、悪魔がいた。
「俺に何をした」
「なにって、トイレで倒れてるから体を拭いてあげて、きれいにしてあげたのに」
「余計なお世話だ。それより、この体……いったいなんだよ」
「あ。鏡、見る?」
 メイアがどこからともなく手鏡を取り出して慎の顔の前に差し出した。
「……!」
 絶句ものだった。
「どう? 可愛い? かわいいでしょ。ね?」
「……」
 慎はがっくりと頭を前に落とした。さらさらの黒髪が揺れる。
 鏡に映っていたのは、少年と少女が微妙に入り交じる愛らしい顔だった。これが昔の少女マンガなら、背景に薔薇が舞っているところだ。
黙っていれば美少年。声を出せば、だれもがボーイッシュな美少女だとおもうことだろう。
「元に戻せよ」
「いやーよ。こっちの方がかわいいじゃない」
「男がかわいいと言われて嬉しいわけないだろ!」
「でも、女になりたいという願望はあったんでしょう?」
 慎は言葉に詰まったが、すぐに言い返した。
「妄想だけなら、な。誰だって少しくらいはアブノーマルな願望があるもんだろうが」
「少しくらい〜?」
 メイアがなぜか嬉しそうな顔をして言う。
「少しくらいじゃあ、あたしみたいな存在が呼ばれることはないわ。今にも爆発しそうなほどの鬱積した欲望だけが、あたしを召喚できる。
それも、黒く澱んだ深いものであればあるほど……ね」
「悪いが、間に合っている。早く俺を元の体に戻して、どこかに消えろ」
 しっしっ! と野良犬を追い払うように手を動かして、慎は顔をしかめる。
「別に帰ってもいいけど、あんたのその体は元には戻らないわよ」
「え?」
「だって、自分でおま○こオナニーしちゃうんだもの。ここまで進んだら、並み大抵のことじゃ元には戻れないわ」
 慎の心臓がドキドキしてきた。
 悪魔でも元に戻せないだと? そんなバカな。あいつは嘘をついている。
「嘘だ」
「本当よ。さっきも言ったでしょ。欲望があたしを呼んだって」
「俺にそんな、自分を変えてしまうような望みは無い。無かった」
 たぶん、そうだ。
「あんたは、単にきっかけとなっただけ。ねえ、言霊って知ってる?」
 不意の問いかけに慎は一瞬、何を言われたかわからなかった。だが、すぐに彼女の言葉を理解してうなずく。
「言葉には魂が宿っている……だったか?」
「まあ、そんなとこね。真の名前を知られると、知っている人に操られてしまうとか。
みだりに唱えてはならない秘められた言葉には、その言葉自体に力があるとされていたりするからとか、いろいろあるわ」
「それと俺とが、どう関係するんだ?」
「まあまあ、落ち着いて。あなたは掲示板に、自分を女性に変身させて調教して欲しいと書き込んだ。そうよね?」
 また話が飛んだ。慎は苛立ちを押さえて答えた。
「そのとおりだが、何か?」
「掲示板、ううん、インターネットの電網世界にはたくさんの情報が流れている。無数の人々の想いが込められている。
怨念もまた、そうだわ。それぞれは小さな物でも、集まれば山となる」
「で?」
「つまりはこういうこと。限界一杯まで膨らませた風船……と言った方がわかりやすいかしら。
あなたの言葉が針となって、風船を破裂させた。そしてあたしがそれを嗅ぎつけたってわけ」
「俺が悪いって言いたいのか」
「違うわ。単に、あなたは不運だったってこと。うーん、幸運の方……かな?」
「不運だっ!」
 慎がベッドから立ち上がって手に力を込めた。
「だいたい、インターネットの掲示板に書き込んだくらいで女にされてたまるか!」
「あら。世間には知られていないだけで、いろんなことが起きているのよ。
死ねという怨念を重ねられて死ぬ人や、失敗しろという怨念をぶつけられて破滅する人とか、受験に落ちろという怨念で飛び降り自殺しちゃったり」
「いや、最後のはなんか違う」
 と、つい突っ込んでしまう。
「違わないわよ。受験に失敗する、死のうと思う、飛び降りる。ほら、これでいいじゃない」
「……受験に失敗したくらいで死のうとは考えないとおもうけどな」
「そこが言霊の怖いところよ。自分の意思でしていると思い込んでしまうんだから。
言葉に支配されてしまう……マインドコントロールに近いかな。より霊的なものだけに、タチが悪いんだけど。わかる?」
 メイアはここで言葉を区切って、慎の目を見た。今一つ言うことがわからなかったので、あいまいにうなずいて先を促した。
「なんにせよ、あなたの言葉がトリガーとなって膨大な霊的なエネルギーが働いたの。
宝くじに当選というか、交通事故みたいなもんかな。ま、諦めてあたしに調教されなさい♪」
「誰がされるかっ!」
「悪いけど、悪魔って意外に不自由でね。あたしらの存在は霊的な要素が強いだけに、人間の集合思念……この場合は言霊よね、それに左右されやすいの。
逆らおうとしても言霊に行動を縛られちゃうの。つまり、あたしも被害者みたいなもんよね」
 そう言ってメイアは明るく笑った。
「だからあなたも、女にされて、子供を孕むことは避けられないわ。逆らおうと思ってもムダよ。
何万もの人の怨念があなたを縛るから。あたしはそのお手伝いをするだけ」
「するな。しなくていい。帰れ」
「ムダなのに……」
 そう言うとメイアは立ち上がり、一旦ユニットバスのある扉の方へ行ってから、バケツを持って慎の前にやってきた。
 見たことのないピンク色のポリバケツだった。いや、一月ほど前に百均ショップでCDケースのまとめ買いのついでに買った物だ。
 その中に、なみなみとたたえられているのは白い液体だ。
 まさか。そんなばかなことが……。
「その、まさかよ。それにしてもよく出したものねぇ。二リットル近くあるんじゃないかしら。よっぽど溜めてたのねぇ」
「そんなわけあるか」
 小水だってこれほど一気に出ることはない。ましてや精液ともなれば、これだけ出すのにどれほどかかるだろう。
「これでもだいぶ洗い流したのよ? ここにあるのは、ベッドに運んでからあなたが出した分」
 メイアがバケツの中身を指ですくって、慎の目の前に近づけた。
「あ……」
 生臭い匂いを覚悟していた慎の意識をハンマーで殴りつけたように揺り動かすほど、それは香しい匂いを放っていた。
まるで花の蜜のような、鼻腔をくすぐる甘い香り……。
 慎の背筋に、ぞくりと寒気が走る。
 俺はなにを考えているんだ。馬鹿馬鹿しいことだ。
 だが、ご馳走を目の前にした時のように口の中に唾液がじわりと溢れ出て、生唾を何度も飲み込んでしまう。バケツから目が放せない。
 もはや慎の視線はバケツの中身に釘付けになっていた。
 悪魔の囁きが、慎の耳から脳へ染み透ってゆく。
 目の前のバケツと、彼女の声以外に何も意識にのぼらない。
「欲しいんでしょう? 精液が」
「あ……ああ」
 慎は自然にうなずいていた。
 欲しい――いや、そんなことは無い! と顔を大きく左右に振って我を取り戻したのも束の間、彼を誘う甘い香りが理性をぐずぐずに突き崩してゆく。
「それはね、ただの精液じゃないわ。あなたの男としての要素がそこに溶け出しているの。全部飲み干したら、ちょっとは男らしく戻れるかもねぇ〜?」
 わざとらしい笑みを浮かべながらメイアは言う。あまりにも白々しく嘘臭い言葉だが、慎のあやうい心のバランスを壊してしまうには、そのほんの少しの言葉 だけで充分だった。
「そう……だよ。おれ、おとこに、もどらなきゃ……」
 立ち上がった拍子に、太腿に熱いものが伝う。
 愛液だ。
 先程までは幼児のような一筋の亀裂に過ぎなかった部分が膨らみをおび、薔薇の花が開花するようにほころびはじめていることに、慎はまだ、気がついていな い。
 ペニスを勃起させながら、慎は魅入られたようにひざまずき、メイアの彼女の足下にあるバケツを両手でつかんだ。
「あっ、あっ……」
 座った拍子に慎は射精してしまった。
 初めて皮が剥けた時のようなあまりにも敏感な先端は、まだ彼の手で触れることはできない。だからなのか、わずかなショックだけで達してしまった。
 新鮮な精の一部はバケツにも滴り落ちた。
「なあに? いらないの。あっ、そう。ふーん」
 メイアは放心状態の慎に近づくと、目の前の小さなバケツをさっと取り上げてしまった。
手が伸びかけたが、自分が何をしようとしていたのかに気づくと、ようやく戻ってきた自制心でぐっと堪える。
 自分の精液を飲みたいだなんて、おかしい。間違っている。そういう趣味や好奇心で口にする人がいることは知っているが、少なくとも自分はそうではない。
しかも、悪魔が精液だと言っているだけの怪しい液体だ。何が入っているかわかったもんじゃない。
 ダメ、ダメだ。
 絶対に――ダメだ!
 目をつぶって自制している慎の頭に、何かが落ちてきた。
「うわっ!」
 慌てて目を開けようとしたが、ぬるりとする液体が視界をふさぐ。しかも目に入るとしみて痛い。
ぎゅっと瞼をきつくむすんで、何が落ちてきたのか頭の上に手をやってさぐろうとした慎に、メイアが声をかけてきた。
「いらないんだったら、やっぱブッかけでしょ! かわいいわよ、あなた♪」
「ぶっ、ブッかけだと!」
 声のする方に向かって顔を向けるが、まだ目が痛くて開けられない。それどころか、口の中に精液が垂れてきてしまう。
「くぁっ……!」
 背筋が弓のように反った。
「あ、あああぁぁっ……」
 痺れる。
 開いた口の中に甘露が満たされてゆくのがわかる。
「どう、美味しい?」
 慎は反射的に首を縦に振ってしまった。髪の毛から精が飛び散るのがわかる。
 これを体が求めていたのか。
 体の隅々まで、満足感で満たされていくのがわかる。
 思考がぐずぐずと溶け崩れてゆく。意識の奥底で何かが叫んでいるが、もはや今の慎には届かない。
「おぃひぃ……」
 両手を口に持ってゆき、指をしゃぶる。
 ちゅっ、ちゅぱ……ちゅぷっ……。
 顔のくぼみに残っている精液をかきあつめて、しゃぶる。髪の毛に残っている精液も、指で絞り出すようにして集める。
 しゃぶる、呑み込む、かき集める。
 飽きることなく繰り返す。
 フローリングの床を、大量の粘液が白く染めてゆく。
 胸をいじる。平らな胸にある乳首を指でこねまわす。
「ん、はぁ。乳首、気持ちいい……」
 まるでひっかかりの無い胸を絞り上げるようにすると、少しずつ抵抗が生まれてきた。
練乳を貪るように、メイアが少しずつ垂らす精液を顔を上げて口で受け、痺れるような甘さをたっぷりと楽しんでから呑み込む。その間も、胸をいじり続けてい る。
「そんなにおっぱいが好き?」
「うん」
 慎は反射的にそう答えてしまった。
 理性など、ほとんど残っていない。頭の中にあるのはただ、快楽のみ。圧倒的な快感の奔流が、慎の心をピンク色に塗り潰してしまっていたのだ。
「ちくび……きもちいいっ!」
 快楽に溺れている慎の乳首が、倍以上の大きさに膨らんでいた。ついさっきまでは指でつまむことも難しかった敏感な突起をつまんで、引っ張る。
「おっぱい……おっぱいぃぃぃぃっ!」
 わずかではあるが、肉の三角形を形作るほどの膨らみになっていた。指を離す。そして精液まみれの指で胸を揉む。少しずつ膨らみが明らかになってきた。
 うっすらと脂肪がのった上半身は、わずかではあるが女性らしさを形作り始めている。特に変化が顕著なのは胸ではなく、腰だ。
横に張り出していた上半身が厚みを増し、丸くなったのに対応してか、まだそれほどはっきりはしていないが、くびれが生じている。
「ねえ、もうやめといた方がいいとおもうよ」
 メイアが背後から抱きついて、慎の手をつかんだ。いつの間に脱いだのか、彼女のバストが柔らかく慎の背中に押し当てられている。
「男のままでいたいんでしょ。だったら、オナニーなんかしちゃダメ。どんなに気持ち良くてもがまんしなさい。
女の子の快感を知れば知るほど、あんたはどんどん女の子の体になっちゃうのよ」
「やだ。もっとしたいよぉ……」
 胸をいじることに没頭していた慎は、手をつかまれて、いやいやと身悶えた。
 理性と記憶がこぼれ落ちた慎の言葉は、もはや幼児とそう大差ない。首を振ってだだをこねる慎は、腿をきつく閉じ、足の裏で股間を刺激しながら体をゆす る。
「あらあら。おまんこでも足裏オナニーなんかしちゃって。すっかし女の子の快感に目覚めちゃったのね」
 くちゅくちゅとねばつく音がする。リズミカルに体を上下に揺すりながら、最も感じる場所を探り出してゆく。
「ゃうっ!」
 ペニスがびくっと跳ね、空中に白い軌跡を描く。びゅるるるるるるる、と呆れるほど長く続く射精で、慎の表情はだらしなく溶けている。
体の上下運動に合わせて、軌跡もウェーブを描く。
 まだ止まらない。精液の噴出も、慎のオナニーも。
「いいかげんにそのへんにしておかないと、完全に女の子になっちゃうわよ」
「やう! もっとぉ、もっときもちよくなりたいっ! せーえき、もっとちょうだい!」
「やれやれ。後が怖いわねえ……」
 メイアが手を離すと、慎はたまりかねたように胸と股間をいじり始めた。
「あ……おちんぽ、触れるぅ!」
 慎は一回り小振りになったペニスを握り締め、嬉しそうに微笑んだ。
「ひゃうっ!」
 軽く上下に擦っただけで、精液が勢いよく吹き出す。慎はもう片方の手も股間に持ってゆき、そちらの手で女の子の部分をいじり始めた。
「きっ、きもっ、きもちっいいっ!」
 のけぞりながら、また激しく射精する。まるでぞうきんみたいに絞られているようだった。
体の芯から、じゅるじゅると何かが抜けてゆく。その喪失感に、ぞくぞくする。
 取り返しのつかないことをしているんじゃないかという意識は、まるで浮かばなかった。
ただひたすら、股間をいじって快感を貪り続ける。
「あーあ、知らないわよ。あたしは止めたからね」
 メイアはそういいつつ、慎の体を触ることをやめない。
「あひ、あひっ、あぃひゅうぅぅぅぅっ!」
 奇妙な声をあげて、のけぞりながら射精する慎を、横から愛撫する。精液をすくっては、慎の口に運んで注いでやる。
それを慎は、目を細めながら嬉しそうにすする。
「おいひい……あひゅっ!」
 膝立ちになっている慎の体に、明らかな変化が現れていた。
 彼が目覚めた時は扁平だったヒップに、丸みができていた。
もっちりとした質感を持つ肉塊が精液と汗にまみれて明かりを反射する様は、なんとも淫らだった。決して男は持ち得ないパーツだ。
 肩幅も狭くなったように見える。少年ではあっても、確かに男性を主張していた上半身も、今や変化に抵抗しきれず、徐々に女性へと変わりつつあるようだっ た。
「いぃぃぃぃっ!」
 いよいよ激しさを増した手の動きから産まれる快楽に、慎がさらにのけぞった。

 ごちん!

 うしろににずっこけて、慎はベッドのフレームに頭を打ちつけた。
「あ」
 メイアが手を口に当ててから、慎の体を抱き起こした。。
「大丈夫?」
「だ……大丈夫なわけないだろっ!」
 ショックで正気を取り戻したのか、慎はメイアを睨みつけ、なるべく低い声で、怒りを込めて言った。
「それよりお前、騙したな……」
「あんた、すっごいザーメン臭いわよ。口を開けるだけでぷんぷん臭ってくるわ」
「……っ!」
 メイアの指摘で口をふさぎ、立ち上がって口をすすごうと洗面所へ行きかけた慎は、たちまち足がもつれてザーメンだらけの床に倒れこんでしまった。
床からなお漂う蠱惑の香りに心を奪われかけたが、頭を振って立ち上がろうとする。
「あ、なんでだ……立てない……くそっ!」
「女の子が『くそっ!』だなんて言うもんじゃないわよ」
「なんだ、こりゃ。足が……股ががくがくするぞ」
「ああ、そりゃあ骨格が変わっているからじゃない? まあ、ずいぶんと女の子らしくなっちゃったわねえ」
「な――なんだとぉっ!」
 そこで初めて慎は、自分に起こった変化の度合いを知る事になった。まだ胸は膨らみ始めた程度で、ブラジャーを必要とするほどではない。
股間にある男性器も、やや小さくなったものの、変わらずにそこにあった。
 しかし全体的に丸みを帯、もはや少年というよりも少女と言った方がふさわしい体つきだ。
慎は気がついていないが、女性器は一気に成熟度を増している。骨格も、子供を宿すにふさわしいものに近づいている。
「お前が……くそ。元に戻れないのかよ」
「何度も言っているけど、ダメね。それに今のあんたは、精液や愛液、恥垢を美味と感じるようになっているの。だから平気で飲めたでしょう?」
「あ……」
 体が燃えるように熱い。
「で、でも、それを……飲ん、だ、のは、男に戻るためで……」
 胸が苦しい。
「ばっかねぇ! 精液を飲んで男に戻れるなら苦労はしないわよ。あんたが物欲しそうにしてたからちょっと背中を押してあげただけ。
それに、あたしは止めたわよ? もっと気持ちよくなりたいって言ったのは、あんたの方なんだから」
 慎は返事ができなかった。
 確かにあの時、自分から快楽を求めた。我を忘れていた。体が蒸発してしまったかのような、途方も無い快感だった。
今もその快感を忘れられない心があることに気づいて、慎はぶるっと体を震わせた。
「ここから出て行け」
「別にいいけど、そのかわり何が起こっても知らないわよ」
「……どんなことになるんだよ」
「さあ?」
 メイアは肩をすくめて言った。
「言っとくけど、あたしは単に“呼ばれた”だけ。あたしがあんたを何かしようと思ってやったわけじゃないわ。
もしそうだったら、あたしはあんたに何らかの見返りを求めるなり、賭けを申し込むなりしているわよ。
あたしという存在にかけて誓うけど、ここまで来たらあんたはもう、男には戻れないわ」
「会社はどうするんだ。こんな体じゃ外にも出られない。身分証明だってできない。どうしてくれる」
「ああ、それだったら大丈夫。あんたの体が変化したように、あんたを取り巻く環境もそれに伴って変化しているから。
そのへんは、あたしの裁量でどうにでもなる範囲なんだけどね」
「どういうことだ、それは」
 メイアの唇に浮かぶ笑みを見て、慎はこの女が悪魔であることを思い出していた。
 何か、とてつもない嫌ぁ〜な予感がする。
「とりあえず、お腹空いたでしょ。部屋には何も無いし」
 確かに慎の部屋には、ろくな食料がなかった。メイアに言われて、慎は空腹であることに、やっと気がついた。
いったいどれだけの時間、この悪魔にもてあそばれていたんだろう?
「お買い物に行ってもらおうかしら。まさかか弱いあたしを買いに行かせたりはしないわよね」
「誰がか弱いだ」
 メイアは慎の文句を軽く受け流して、時計を見た。
「時刻は夜の十一時。い〜い頃合だわぁ」
 外は暗闇、つまり夜中の十一時だ。“いつの”十一時かわからないのが怖い。もしかすると、数日が過ぎているかもしれないのだ。
 不安気な慎をよそに、メイアは指をパチンと弾いた。すると一瞬の間に、慎は黒のメイド服を着がえさせられていた。
「メイドっ娘(こ)、萌え〜よね。その格好でお買い物してきて」
「……せめて風呂くらい入らせてくれ」
 髪も肌も風呂上がりのようにきれいにはなっていたが、やはりきちんと風呂に入ってさっぱりしたい。
さきほどまでのザーメンでどろどろになった自分を想像すると、背中がぞくぞくする。
(あれ? ぞくぞく……?)
 体の芯が急速に熱くなってゆく。くるくると螺旋を描きながら、快感が下腹部から上半身へと昇ってゆく。
「あ、くそ……」
 少しでも淫らなことを想像すると、たちまち体が火照ってしまうらしい。エプロンの端を握り締めながら、慎はじっと我慢する。
そうしているうちに、やっと体が静まってきた。
「別に逃げてもいいけど、その格好で何ができるか、よく考えることね」
 メイアの言う通りだ。
 身分証明書も無く、年はどうサバをよんでも未成年。よくて高校生、下手をすれば発育の良い(?)小学生に間違われかねない。
しかもメイド服だ。夜中に身元不明のコスプレ少女が警察に保護を求めたところで、どうなるというのだろう。
 児童保護施設送りになるのがオチだ。
 ためいきをついて肩を落す慎に、メイアがなぐさめるように肩を叩きながら言った。
「まーまー。買い物のお金はあたしが出したげるから」
「いい。お前にこれ以上借りを作ったら、どんなことになるかわからないからな」
「別にいいけど? ああ、そうそう。コンドームはちゃんと買ってきてね。買って来ないと、今日明日中に妊娠しちゃうかもよ?」
「な――に」
 表情が固まった慎に、メイアは藤製の大きなバスケットをどこからか取り出して手に握らせ、ドアの前まで背中を押して送り出しながら言った。
「たぶんパンツやパンストも売っていると思うから、あたしに変なのを着せられたくなければ自分で買ってきてね」
 ひとりでにドアが開き、メイアに軽く背中を押された慎は、よろめきながら外へ出た。
「何をす……」
 振り向いた慎は、目の前に壁を発見して絶句した。
 どうやら、ちゃんと買い物をしてくるまでは家に入れる気はないらしい。
仕方が無い、どうせ腹も減っているし……と気を取り直した慎は、太腿に流れる生暖かい液体を感じて、体を震わせた。
 さっきの火照りで分泌された愛液のようだ。
「……って、ちょっと待て」
 慌てて股間を、スカートの上からまさぐる。
「あふっ、じゃ、じゃなくて……何も履いて、ない!?」
 上等の裏地なのか、滑らかな生地の感触が剥き出しのペニスに擦れているのがよくわかる。
胸を触ってみると、やはり何も下着をつけていないようだ。しっかりした作りだから透けることはないだろうが、メイド服の下はすぐ肌のようだった。
「あいつ、何を考えているんだか……」
 こうしていても仕方が無い。慎はひとつ鼻息を吐いて気合いを入れ、深夜の二十四時間営業のスーパーへと向かった。


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