思えば翔と俺は妙な縁があったのかもしれない。

俺が翔と初めて会ったのはコンビニの前だった。俺は学校帰りに雑誌を買いに立ち寄った。
店内に入ろうとした時、ちょうど不良仲間と一緒に店を出て行こうとしていた司とすれ違ったのだ。
翔は美少年だった。高校生にしては幼い顔立ち、肩まで伸びた艶のある黒髪。一見すれば女性に見えなくもない。
だからか、一瞬顔を見ただけにも関わらず司のことが妙に頭の中に残っていた。

そしてその出会いから二週間後、俺は翔と思わぬ形で再会することになる。

俺は生まれてすぐに父親を事故で亡くしていた。そのため俺は母親の手でこの17年間育てられてきた。
いわゆる女手一つというやつである。
母は教師だったが、どうやって教師になれたのか不思議なくらい性格が破綻していたので、
幼い頃からいろいろと苦労した俺は自分で言うのも何だが、そこそこしっかりした男に育ってきた。
それに母親の収入は二人で暮らしていくぶんには充分だったし、一人っ子の俺は同じ年齢の子供と対して変わらない生活を送っていた。
携帯に金を使い、ゲームに金を使い、友達と遊ぶのに金を使ってきた。
だから母親が再婚すると言っても文句はなかったし(文句を言ったらどんな目にあうか恐いから)、
相手の男に俺より一歳年下の連れ子がいて俺が兄貴になると言われても文句はない……はずだった。
『それでその相手の……良夫さんだっけの連れ子ってのは男? 女?』
出来れば妹がいいと思っていた。年頃のしかも義理の妹が出来る、男にとってはかなり美味しい話である。
まあ、だからといって何がどうなるものでもないが。
『男の子よ。名前は上村翔くん。貴志より一つ年下の高校2年生。何度か見たけどすごい美少年だったわよ。
美味しそうだったわ。貴志とは天と地ほどの差があるわね』
仮にも自分の息子に向かってその言い方はないだろう、と思ったが口にしたところでしかたがないので黙っていた。
母はこういう人だから今更いちいち腹を立てても仕方がない。

この時は「男か…残念なようなほっとしたような」ぐらいにしか考えていなかったが、
良夫さんと連れ添った彼、司に出会った時、その「ほっとしたような」という考えは直ぐさま改められた。
俺が『こんにちわ。初めまして』と極々平凡な挨拶をしたにも関わらず司から帰ってきたのは、

『ウザい。話かけんじゃねえよ』

正直言ってショックだった。
俺は自分で人当たりのいいほうだと思っていないが、まさか初対面の人間にいきなり「うざい」と言われるとは夢にも思ってなかった。
このことがあって俺はずいぶん悩んだ。何か翔の気分を害するようなことをしただろうかと本気で考えた。
一緒に暮らし始めて翔がこういう人間だということが分かるまで。
良夫さんの話によると5年前、良夫さんの前の奥さん、翔の実の母親が病死するまでは平凡な少年だったらしい。
だけど中学に上がり、母親が亡くなってからは徐々に言葉遣いも乱暴になっていき、
何時からか余り良くない連中とも付き合い初め、問題行動を頻繁に起こすようになりその都度何度も中学の教師に呼び出されたみたいだ。
簡単に言ってみれば子供がグレるのによくあるパターンという奴だ。

そんなわけで一緒に暮らし始めてからも当然うまくいくはずがない。
学校には毎朝遅刻する、家族全員で食べるのが決まりの夕食の時間には帰ってこない、親の言うことはきかないし、言葉遣いは汚い。
母さんは性格が破綻しているし、良夫さんは蝶(誤字ではない)がつくほど温厚というかのんびりした人なのでまったく気にしてない。
そのため至極まっとうな俺が苦労するハメになった。
朝起きない翔を起こしにいくたびに殴られる。
夕食時に帰ってこない翔を注意するたびに蹴られる。
朝帰りした翔に理由を聞いては無視される。その後何を話しかけてもまるで無視。
学校で問題を起こした翔の代わりに教師に平謝りする。親は何もしてくれない。どこまで放任主義なんだこの野郎。

問題はそんな生活が始まって半年ほどたったある日のこと。

ピピピ、ピピピ、ピピピピピ、ピピルピルピルピピルピル。

携帯のアラームで目が覚める。
時刻は朝の7時。登校時間まであと1時間ほどあるが、なかなか目を覚まさない奴を起こすために毎朝この時間に起きるのが日課になっていた。
自分の部屋のある二階から下の洗面所まで下りて顔を洗い、寝癖のついた髪を整える。
寝間着を脱ぎ制服に着替えて準備完了。意を決して2回の翔の部屋のドアをノックする。
“トントン。トントン。トントン”
3回ノックしても以前返事はない。いつものことだ。
“ドンドン!ドンドン!ドンドン!ドンドン!ドンドン!ドンドン!”
こんどはドアをある程度力を入れてノックする。これも反応なし。予想の範囲内だ。
“ダン!!ダン!!ダン!!ダン!!ダン!!ダン!!ダン!!ダン!!ダン!!”
ドアをブチ破らない程度に蹴る。…だが反応は無し。
『おかしいな? いつもならこれで起きるはずなんだが…』
これで起きないとなると最早最終手段しかない。俺は自分の部屋に戻りタンスの中から翔の部屋の鍵を取り出す。
どうしても翔が起きないときのために親の了承を得て(翔の許可をとっていないが)合い鍵を使うことが許されていた。
『おーい。翔。どうしても起きないのなら鍵開けるぞ。最後通告だからなー』
だが以前返事はなし。しかたがない、こいつはもうやるしかねーぜプロシュートの兄貴。
“ガチャ”
ドアを開けて部屋の中に入る。
『相変わらずすごく散らかってるな…』
部屋の中には雑誌やら飲みかけのペットボトルやら煙草の吸い殻が散乱していた。
そのゴミの山の向こうに翔のベットがある。
顔は見えないが布団が膨らんでいるので、やはりまだ寝ているようだ。
「起きろよ翔。朝だぞ」
へんじがない。まだねているようだ。
後が恐いが起こすには布団をはぎ取るしかなさそうだな。
俺は深呼吸して覚悟を決めてから布団に手をかける。あとでどんな仕打ちにあうかなんて今考えてもしかたがない。
『起きろー!!』
布団を思い切りめくり上げる。これで翔も起きるしかないだろ、う?

『んん…う…うん……』

『へ?』
どうやら人間ってのはあまりにショックな出来事があると思考がフリーズしてしまうらしい。俺は口をぽっかりあけて絶句していた。
翔が寝ていると思っていた布団の中に入っていたとのは……見知らぬ女の子だった。
長いまつげで小さな鼻のかわいらしい顔つき。肩までの黒髪。
男とは比べものにならないほど白く綺麗な手足。毛一本生えていない。
客観的に見てもすごくかわいらしい女の子だ。
タンクトップの下からはおへそがのぞき、巨乳とは言わないまでもけっこう大きな胸がゆるやかにカーブを描いている。
それにブラジャーをつけていないらしく胸の先端が…その…
しばらく女の子をぼうっと見つめていたが徐々に思考が元にもどってきた。
何故こんな所に見知らぬ女の子がいるのか?
それよりもいったい翔はどこにいったのか?
考えられる可能性は3つ。

@これは現実ではない。どうやら俺はまだ夢を見ているようだ。
Aこの娘は昨日、翔が俺たちの知らぬ間に連れ込んだ女の子だ。
Bかわせない。現実は非情である。

頬をつねってみた。痛い。よって、残念ながら@の可能性はなくなった。
昨日翔は珍しく早く帰ってきた。夕食は一緒に食べなかったが…。
その時には誰も連れてなかったし、それ以後外出はしていない。よってAもなくなった。
ここにはそもそもヴァニラ・アイスはいない。よってBもなくなった。
『Bって何のこと?』
どうやらまだかなり混乱しているようだ。落ち着け。落ち着け俺!
と、一人であたふたしていると隣から声が…
『何してんだ? お前?』
『はひ!?』
思わず間抜けな声がでる。見ると女の子が目を覚ましてこっとをじっと見てた。
『あの…あのこれはですね。そのなんか宇宙の意志とか…そんなのが…そのスピルバーグ!!
オヤシロ様! オヤシロ様が藤田まことにぃ〜! 助けて純情系!』
あまりに混乱してわけのわからない言葉を連発する俺。
女の子が『こいつ頭大丈夫か?』というような顔でこちらを睨んでる。
『朝からなにキモいことやってんだよ。勉強しか取り柄がないくせに頭がおかしくなったらもうどうしようもねえな。
つうかさっさと俺の部屋から出てけよ。ウゼえんだよ』
む? 失礼な。勉強しか取り柄がないわけじゃないぞ。つうか勉強もそんなに出来る方じゃないが。
ん? 俺の部屋…? それに今のしゃべり方…
『もしかして君、上村翔…ですか?』
『はぁ?…お前ほんとに頭大丈夫? それ以外誰がいるんだよ?』
………そんな、まさか。
『お前? ホントに翔?』
『次その質問したら殺すからな』
どうやら間違いなさそうだ。
俄に信じがたいことだが翔はその、ありえない、ありえないがそうとしか考えようがない。
つまり、女?…女の子になっているわけでありますか?

『とりあえず鏡見てこい。それからじっくり話し合おう』
怪訝な顔して翔は部屋を出て行く。
俺は『ふう…』と一息ついて座り込んだ。そして考える。こんなことになった理由を。
『……っ!? うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ????!!!!!!!』
下の階から聞こえてくる。妙に甲高くなった元義理の弟の悲鳴を聞きながら。


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