ANOTHER SIDE

目覚ましの音で目が覚める。時計を見ると6時30分…起きた…起きれたぜ。
なんというか、たかだが朝早く起きただけなのにものすごい達成感がある。
パンパンと顔を叩き目を覚ます。やれば出来るじゃねえか俺。
いつもこの調子ならあいつに迷惑かけることもねえんだが、まあ無理だな。
さすがに毎朝こんな時間に起きるなんて俺にとってはあまりにしんどすぎる…
『ふぁ〜あ〜』
でっかいアクビが口から出た。さて、何時までもボンヤリしてねえで、さっさと学校行く準備っすっか…
『…っしょっと』
手を上に伸ばしてTシャツを脱ぐ。何もつけてねえせいで、脱ぐときに胸が大きく揺れる。
うっとおしい。でも寝るときにまでブラジャーなんか着けてたら窮屈でしんどいからな。
まったく女ってのは男と違っていろいろと面倒だぜ…
んでもってタンスの中からブラを取り出す。
最初は慣れてねえもんだから着けるのにもすげえ時間がかかったが、最近はすぐに着けれるようになった。
慣れってのは恐いな。ちっと前までは男だった俺が…
ちゃちゃっと制服に着替えたら、次ぎに鏡の前に座り、寝癖でボサボサになった髪を見る。
男の時よりも少し髪が伸びているのでストレートはいえ寝癖がつきやすい。それをくるくるドライヤーで整える。
しっかし、くるくるドライヤーってのは間抜けな名前だな。
もう少しまともな名前を付けられなかったのかよ…ま、おばさんから勝手に借りてるもんだから俺が文句言ってもしかたねえが…
『よし!』
リボンをつけ終わったら、全身を映す鏡の前で1回くるっと回って変なところがねえか確認する。うん、大丈夫だな。
元々そこそこ身だしなみに気をつける方だったから、スタンドミラーを持っていた。
男の時はあんま使うことも少なかったが、今は買っておいてよかったと思っている。
はぁ…女が板に付いてきやがったな…きめえ。
『んじゃ、とっとと飯食うか』
あいつの部屋の前まで行って起きてないことを確認してから、台所に下りる。
一応気をつけてそろりそろりと階段を降りた。今日は貴志とは顔を合わせずらいからな…全部きちんと確認するまでは。

校舎の時計を見るとまだ7時前だった。
『すげえ早いな…』
当然だ。俺がこれぐらいの時間に到着できるように家を出たんだから。
“ガラガラ”
教室には誰もいなかった。俺が一番乗りってことだな。
ま、学校に来てる奴自体はけっこういるだろうが、大抵が部活の朝練やってるからほとんど教室にいる奴なんていねえだろ
う…
『暇だな…』
ちっと早く来すぎたか……でも、これくらいに出ねえと貴志が起きてきちまうし…あいつは丁度今頃起きてるだろうな。
毎回馬鹿みてえにきっちり7時に起きて俺を起こしに来てたからな。
本当に律儀というか真面目というか…まったく俺なんかに構うことはねえのによ。
いっつもいっつも無理して兄貴ズラしやがって。ヘタレのくせに…
ホント、馬鹿な野郎だよ。そんな馬鹿なことするから俺なんかに好かれちまうんだ。
そんな馬鹿なことするから俺が好きになっちまったんだよ
…ったく、しょうがねえ野郎だな。いや、本当に馬鹿なのはあいつのこと好きになった俺の方か…
ま、だからこそ今日、前田にあいつのことどう思っているのか、なんてこと訊かなくちゃなんねえわけなんだが…めんどくせえことしちまったぜ。
でも、前田が、あいつのこと、なんとも思ってなかったらいいな。貴志には悪いけどよ。
『モヤモヤする……』
気持ち悪い。胸の辺りがすげえつっかえてる。今までこんなことはなかったのによ。
それにしても初めて本気で好きになった奴がまさか男、しかも血は繋がってないとはいっても兄貴だとは……俺は変態か。
マジキモイな。
『おっはよー、って言っても誰もいないだろうけど……ん?』
机に突っ伏してそんなことを考えてると、俺の気持ちとはまるで場違いな明るい声が耳に響いてきた。この声は…
『ん? んん〜〜? な、なんで翔ちゃんがこんな時間にいるのさ!?』
そいつは俺のことを見つけると驚いたように指さしてきた。人に指なんか向けんじゃねーよ。
『朝っぱらからうっせーな! だいたい翔ちゃんって言うなって何回言やあ気が済むんだコラ!』
毎度のことだが一応やや怒気も含めて言う。
まったく、こいつに限らずこのクラスの女は俺のことを翔ちゃん翔ちゃん言いやがって…
『なはは〜。ごめんごめん。で、翔ちゃん何でこんな時間に学校来てるの?』
こいつまた翔ちゃん言いやがって。人の話を聞いてねえのかよ?
ま、いつものことだけどよ。
『別に早く学校来たってかまわねえだろうが! 今日はそんな気分だったんだよ』
俺はいつまでもやかましい女、吉永茜に向かって言う。
『へ〜。珍しいこともあったもんだ。ん? じゃあ明日は大雨か大雪じゃん。やったぁー学校休めるー』
相変わらず人のことをボロクソに言いやがるな。
『んなわけねーだろ! つうかお前もえれえ早いじゃねえか』
『あたしはいっつも一番乗りだもん』
こいつとはなんつうか腐れ縁つうか、1年時から同じクラスなんだが、なんか知らねえけど俺の友達やってる変な女だ。
当時つうか今もだがヤンキーって言われててあんま誰も俺に近寄ってこなかったにも関わらず、
この女はそんなことは関係なかったらしく、入学そうそう隣の席だった俺にいろいろと言ってきた。
それでいつの間にかそこそこ親しくなってたってわけだ。
誰にでもすぐに世話を焼く奴で、クラスの連中誰とでも割と親しい。
俺が女になった後も構わずいろいろと世話を焼いてくる。いや、むしろ前よりも更にしつこくなったか…
もしこいつに彼氏がいなかったら、もしかしたら、もしかしたらだがこいつのことを好きになっていたかもしれない。
そうしたら今よりは、男を好きになるよりはマシだったか…
いや、大して変わらない気もする。
『ま、しっかし翔ちゃんもずいぶん女の子らしくなってお姉ちゃん大満足。愛い奴、愛い奴』
そう言って頭を撫でてくる。こいつは…
『止めろっての! だいたい誰が女らしくなっただ? 馬鹿なこと言ってんじゃねえよ!』
俺は心は男だっての!
あ、いや…そうでもないのか…男好きになるし…いや、でも…
『う〜ん、なんて言うか最初見たときはやっぱり男の翔ちゃんが姿だけ女の子になったって感じだったけど、最近は雰囲気とか仕草とかも女の子らしくなった よ』
そうなのか…いや、そんなことねえと思うけど…
なんつうか完全に否定できねえ自分がウザい。
『あとは言葉遣いだけだよね〜。ちょっと私とか言ってみてくれない?』
『誰が言うかボケ!』
そんな気持ち悪りい…
『あ、でもやっぱり今のまんまでもいいかな。可愛い子がそういう言葉遣いってのもなかなか素敵なものがあるもんね〜』
なんつうか好きにしてくれ。お前の趣味とかそんなもんを俺に押しつけるな。
なんてこいつと馬鹿なやり取りしてたら教室に徐々に生徒が入ってきた。時計を見ると8時過ぎ。ずいぶん時間がたったな…
『お、吉永に上村、おはよッス』
『茜ちんに翔ちゃん、ちぃーすっ!』
『おやおや、朝っぱらからイチャイチャと、茜ちゃん彼に言っちゃうよ?』
『あ、吉永さんに上村さん…おはよう』
『まあまあ、お熱いことで…』
次々と俺と吉永の周りに寄ってきて、冷やかしていくクラスの連中。
…ったくホントにどいつもこいつも…
『ん、まーね。あたしたちはいつでもラブラブですから。羨ましいだろ?』
『てめえもくだらねえこと言うんじゃねーよ!』

そういや…前田ってどこの組か知らねえな俺。
昼飯を食いながら、ふと大事なことに気が付いた。
確か貴志がなんか言ってた様な気もするが、いちいち覚えちゃいねえ。
クラスも知らねえんじゃ会いに行くことも出来ないかもしれねえじゃんか…
馬鹿か俺…それぐらいきちんと確認しとけよ。
…っと今更悔やんでもしょうがねえ。あまり気が進まないがここは訊くしかねえか。
いや、ホント嫌だけど…
『な、なあ?』
俺は意を決して自分の真っ正面で隣の女子と話している吉永に向かって口を開いた。
吉永と周りの女子も話を止めていっせいに俺の方に向いてきた。
『ん?なに翔ちゃん』
『え、なになに〜。もしかしてわたしに気があるとか?』
『バッカ、そんなわけないじゃん。歩美のことなんか好きなんだったら、あたしはどうなるのよ?』
『もしかしてパンだけじゃ足りない? だったら私のお弁当あげるよ?』
次々と好き勝手なことを話す女子連中。人に喋らせろっつーの。
『あ〜、五月蠅せえ! ちょっと訊きたいことがあるだけだよ!』
俺はクラスの女子の大半と一緒に席を合わせて昼飯を食っていた。
俺が望んだわけじゃねえ、女子連中がどうしても俺と一緒に飯が食いたいって言ってすげえしつこかったわけだ。
男の時は俺に目もくれてなかった連中まで…
結局半ば強制的に一緒に飯を食ってる、ってことになってる。
『その…前田香澄ってどこの組か知らねえか?』
『かすみん…かすみんなら2組だけど』
『もしかして香澄ちゃんに気があるとか?』
『ずるーい! あたしの方が翔ちゃんのこと好きだっての!』
『あ、あんた、何どさくさに紛れて告白してんのよ!抜け駆けかっこわるい』
『わ、わたしも翔ちゃんのことー』
『うちのクラスってレズのたまり場だったんだ…』
『ご心配なく。可愛い子にしか興味ないから』
『あー! それどういう意味よー!』
だー、五月蠅せえ!でも一応必要な情報は聞き出せたか…そうか、2組か…
『ん? もしかして本当にかすみんに気でもあるの?』
と、キャーキャー五月蠅い女子連中を制して吉永が訊いてきた。
『え、いや別に…』
気があるのは俺じゃなくて…
『もし気があるなら止めといた方がいいわよー。かすみん他に好きな人いるから…』
な!?
『え〜。それ初耳〜』
『嘘?だれだれ?』
『へ〜、香澄ちゃん好きな人いたんだ』
『それはまた中々幸運な男子ですなー。学校一の美少女のハートを射止めるとは』
『あ、でも翔ちゃんも同じくらい可愛いもんねー』
前田香澄に、好きな男が…いる?
『ダメダメ。それは教えられません! 親友のプライベートなんか話せるわけないでしょ!』
『え〜、茜ちんのケチ〜』
『ま、普通そうだよね。ちょっと気になるけど』
周りがまだいろいろ何か言っているが、俺の耳には入ってこなかった。
前田香澄に好きな男………まさかな。

昼飯も食い終わり、昼休みになった。
いろいろと気になることもあるが、それを全て解決するには、とにもかくにも前田香澄に話を訊いてみるしかない。
少々恐いって気持ちもないことはねえけど…とりあえず訊かなくちゃ前に進まないからな。
俺はクラスの連中にいろいろ詮索されるのが嫌だから、こっそりと誰にも気づかれないように教室を出た。
目指すは2組だ。
不安はない、わけはねえ。でもやっぱり確かめなくちゃなんねえことなんだ。
自分に言い聞かせながら1歩1歩4組までの道を進む。まだ何もしてねえってのに心臓がドキドキしやがる。
『あ…』
4組の前まで来たら、ちょうど教室から前田香澄が出てきた。
タイミングがいいというか悪いというか…手間は省けたけどな。
『あ、おい』
『え?』
俺に呼び止められたと分かったのか、廊下を歩いていこうとしていた前田の足が止まって俺の方に振り返った。
『アンタ…前田香澄…さん、だよな』
『…あなたは?』
『俺は上村って言うんだ。上村翔』
『あなたが上村くん…』
どうやら向こうは俺のことを知っていたようだ。まあ、不本意だが今俺はこの学校1の有名人だからな。
俺のこと、つうか名前を知らない奴なんていないだろう。
『ちょっといいか…? アンタに話があるんだけど』
『…私に話?』
『ここじゃちょっとアレだから、悪ぃけど屋上まで来てくれねえか?』
そう言って俺が先行する。前田も了承してくれたみたいで俺の後をついてくる。
屋上で話があるなんて…ベタだな。まるで告白するみてえだ。
もっとも告白する方がなんぼかマシだっただろうけど…

屋上には幸いにも俺たち以外に誰もいなかった。
ま、この時期の屋上なんてクソさびいから滅多に人なんて来ねえんだが。
だからこそ誰にも聞かれたくない話をするには最適だ。
『それで、私に話って?』
ここまで双方無言だったが前田が口を開いた。よし、俺も覚悟を決めねえとな。
深呼吸して気持ちを落ち着かせる。ホントに告白するみてえだな…
『今から俺が言うことに正直に答えて欲しい。アンタにとっちゃ馬鹿みてえなことかもしれないけど、俺にとっちゃすげえ大事なことなんだ』
『…うん』
前田が息をのむのが分かる。俺もドキドキする気持ちを落ち着かせてゆっくりと言葉を紡いだ。
『アンタ…小山貴志のこと、どう思ってるんだ?』
『…え?』
前田はポカンとした表情を浮かべた。そりゃそうだ、俺の口から貴志の名前が出るなんて夢にも思ってねえだろう。
だいたいこのシュチエーションでこんな質問されるとは思わねえだろうからな。
『貴志のこと、好きか嫌いかってことだよ』
別になんとも思ってないって選択肢もあると思うが、今ははっきりとした気持ちが訊きたいんだ。
『そんな…別に小山くんのこと…それにどうしてそんな事…』
やや顔を赤らめて答える前田。俺が訊きたいのはそんな平々凡々な答えじゃねえ。
『アンタは知らないと思うが、俺と貴志の奴は義理の兄弟なんだよ。
あ、勘違いしないでくれよ。別に貴志に訊いてくれとか言われたワケじゃなく、俺からの質問だ』
『うん…2人が兄弟なのは知ってたけど…』
なに!? 知ってたのか? 貴志の奴が喋ったのか?
あいつ…あれだけ黙っとけって言ったのに…しょうがねえ奴だな。
『そんなことはどうでもいい。俺の質問に答えて欲しいんだ!
俺はマジ本気で質問してる。だから悪いけどアンタも本当の気持ちを答えて欲しい。
中途半端な答えはいらねえ。異性として、貴志のことを好きか嫌いか答えてくれ!』
しばらくの沈黙。前田は考えるように俯いた後、何かを決めたようにぱっと顔を上げた。
『分かった。そこまで真剣なら本気で答えなくちゃ駄目だもんね。じゃあ…言うけど…その、私は小山くんのこと…異性として…好き、だよ』
あ………………………………………
『その、君の為に…すごく一生懸命先生たちに謝ってる姿見てから、なんだが好きになっちゃて…
誰か他の人の為にここまで一生懸命になれるなんて…すごいなって』
……………………………………………
『だから、ね。そのすごく優しい人なんだなって思って…』
……………………………………………
『………分かった。ありがとな。変なこと聞いてすまねえ。もう、いいぜ…』
『え、うん。じゃあ、またね』
そう言って屋上から校舎に戻っていく前田。
『は、ははは…』
………はは、ははははははは…なにショック受けてんだ俺、薄々分かってただろう?
何とも思ってない奴なんかと、いきなり一緒に帰ろうなんて言いださねえってことぐらい。
だから別に覚悟してた結果だろう? なにも都合悪いことなんかねえじゃないか?
そもそも考えてみろよ。元々男な奴と誰が付き合おうなんて思う? ありえねえだろ?
だから、これは当たり前の結果だ。貴志と前田は両想い。祝福してやるのが当然ってもんだろう?
良かったな、オメデトウ。
でも貴志の奴やるじゃねえか、あんなすげえ可愛い子を彼女に出来るなんてよ。ホントだせえくせいにいいとこだけ持っていく奴だな。
ホントいつもいつもいいトコ取りしやがる。けっこう運強いのなあいつ。
半年も一緒に暮らしてたけど、今初めて実感したぜ。
ま、でも前田の言うことは当たってやがる。確かにあいつは真剣に他人のことを考えることができる奴だ。
優しいってのも当たってるしな。
良かったじゃねえか、自分のこと良く分かってる子に好きになってもらえてよ。幸せな奴だな。
だいたい前田があいつのこと好きになった原因は俺かよ。俺って愛のキューピットだな…なんてな。馬鹿みてえ…
『…ったくホントにいいトコ取りしやがる…』
人を勝手に惚れさせといてよ……人も気持ちに気づきもしねえで…勝手に彼女作って…なんだそりゃ、卑怯だろうが…
卑怯だ……卑怯……卑怯だよ……
『うっ…グス…うう…ひっく…』

昼休みの終わりを告げるチャイムが鳴った。

ANOTHER SIDE OUT


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