「温泉の間だけ神作画キタ─────────!!!!!!」
毎週のことだが。
午前8時30分からの祭りはいつものように数時間前から始まり、数時間後に終わる。
「温泉オワルノハエ─────────!!!!!!」
予定がある以上、いつもほどにPCの前に居るわけにも行なかったので、
見終わったら出発する予定だったが。
それでも、右手をマウス、左手を股間に当てながらディスプレイを凝視する。
大騒ぎをして、エンディングまでにオナニーを済ませて着替えに移る。
特に追いつく気もなかったが、クリボーやトゥモエの領域にはまだ足りない。
下着が無いため、ニールからもらった正式名称の良くわからないばんそうこうを股間に貼り、
サイズの合うものが観賞用の水銀燈の衣装しかなかったので、取り付け方に苦労しながら何とか着る。
鏡を覗いて確認するが、それなりには似合って見えた。
ただ、黒髪である自分と比べるなら、染めてあるニールのほうが幾分似合っていたかもしれない。
日曜日は中央線といえど中途半端に空いている。
車両と車両の間のドアの隙間でオナニーをして、丁度イキ終わった後に快速から各駅に乗り換えて電気街口で降りる。
一人で居る、というのなら少女だろうとベネディクト16世だろうと変わらない。
とはいえ、外に出ると否応も無く、他人の目に晒されることになる。
結果として少女──さや、という名前が最近決まった──は自分が目立つということを気にしなければならなかった。
せめて普段着ぐらいは持つべきだっただろう。
黒を基調とした逆さ十字のドレス。
目立つ代物には違いなかったが、それ以上にかさ張ることが気にかかった。
今回は必要ではないが、大きな荷物を持つことは出来ない。
日曜日は中央通りが歩行者天国になるが、人もその分多いため、空いている感じはしない。
裏通りを歩くと、道に沿って露店が中古PCやらソフトやらを売っている。
平日は露店は出ていないが、実のところ小さな店の奥か、
それほど奥でないところで同じものを売っているのでどうということもない。
数百本のソフトが纏められている、エミュレータに関しては店内で見たことは無いが、これもどうというほどではないのだろう。
新聞を取っていないので、特売のものがあったとしても何が特売かわからなかったが、
本当に得なものは今頃到着しても買えないため、これも不満ではなかった。
裏通りに面した小さなPC屋やソフト屋が並ぶ。
さやの体では年齢制限に引っかかるため、大通りのソフマップなどの店ではエロゲを買うことは出来ない。
今回はもともと見るだけの予定なので重要なことではないが、それでも欲しいものが見つかったときに買えないのは寂しい。
注目することに意味があるかはわからないが、世の中は秘密で溢れている。
判ることより判らないことのほうが多いのだろう。
いつまでも同じものを売っている中古のジャンク屋はどう考えても採算が取れていると思えないのに今も店を構えている。
だが、構えているというのは覚えが無いだけで実際には潰れていて、他の店が新たに立っているということも考えられた。
店自体は儲けることなどどうでも良く、 秘密の組織の秘密基地になっていて、
地下で地球征服あるいは地球防衛のために会議を開いているのかもしれない。
もっとも、その理屈で行くなら近所の一度も入る気を起きさせないラーメン屋も、
国際機関とか関わるスパイ同士が秘密の会合をするためにわざと一般人が入り辛いように工夫されているのかもしれない。
違法ソフトだけでも元が取れているとも考えられが、 どちらにしろ、さやにとって関係は無いことだった。
秘密にはどうでもいいものと、それなりに気になることがあり、
知らなくても良いことと、知りたくても知る機会も無いものとに分かれる。
目的のものを手に入れるのは簡単だった。
もともとどこにでも売っているものだったし、値の張るものでもなかった。
結局、さやにとってはいつもの散策に過ぎず、それはそれなりに楽しかった。
それでも考えることがある。
考えるとうつむく癖があるので、考えながら歩くときはうつむかないよう気を使う。
それほど大した考えがあるというわけではなかったが、考え出すとそれは重要性に関わらず、心の中を流れる。
書き置きの手紙を残して、ニールは未だ戻ってはこない。
理由も無く居ついていたとするなら友人だと言えるのだろうが、友人だったわけではないのだろう。
ニールが何のために居たのかは知らない。
それでも数週間ほど一緒だった。
それだけのこと。
さやの命がなくなることはニールにとって関係が無い。
ニールが今まで傍に居たことは気まぐれだったのかもしれないし、意味は無かったのかもしれない。
同情で傍に居たが、単純に愛想が尽きたからかも知れない。
後者に思いつくことがないこともなかったが、もともと人付き合いは無理だし、自分に期待しようが無い。
嫌なことが有ったのか、
もしくは、もともと目的があったからで、必要なことが終わったから帰ったというだけなのかも知れない。
「いなければ話すことも出来ない」
さやは呟くと、周りを見渡す。
うつむいていなかったとしても、考えているなら、頭のどこかを使うのだろう。
認知行動がどうとか、記憶野がどうとか専門的なことはそれこそ専門外だったが、
少なくとも視覚から入る情報をおざなりにしていたのは間違いない。
思いつくまま進んで、並ぶ建物に見覚えが無い。
つまり。
「迷った…」
さやは呟く。
秘密にはどうでもいいものと、それなりに気になることがあり、
知らなくても良いことと、知りたくても知る機会も無いものとに分かれる。
家にもひとつ、世界にもひとつ、これはなに?
自問自答した意味の無い問いは、現状の解決にはあまり役には立たなかった。
答えは東西南北。
わからないのは現在の方角。
日が差し込んでいれば方角ぐらいは判っただろうが、今は雲が立ち込めている。
男の時には迷っても、大体勘で理解できたが、今はどうしていいのかさっぱり判らない。
なんとなく歩いていればどこかの通りには出るのだろうが、今となっては丁度良く駅に進むのは絶望的のように思えた。
『話を聞かない男、地図が読めない女』を読んだことがあるから分かる。
「迷ったわはー」
力なく言うが、それで事態が解決したわけではない。
不安から逃げるように歩き、ようやく数車線ある道路を見つけたときに気付く。
まだ昼は過ぎていないはずなのに、空が明らかに暗い。
黒雲が立ち込めることは良くあることであり、空は本来視界が広いところで眺められる。
多くは天気などでは騒がない。
天気は自然現象でしかないのだから。
空がいつもよりいくらか黒く見えたとしても、それは異変というには程遠かった。
そもそも、空というのは都市ではなく、視界の広いところで見上げるものだ。
それでも気になったのは予感としか言いようが無い。
さやが上空を見上げると、視界の隅に飛行船のような浮遊体が目に入る。
それが飛行船でないことは数瞬の注目で理解した。
生物のようにうねり、空気を泳いでさやのほうへと向かう。
それは宙に浮かぶ。黄色と青で模様付けされたくじらみたいな。
「大星獣!? 大星獣じゃないか!?」
本当は違う名前なのだろうが、大星獣は数十ある眼窩で睨むと、さやの目の前で降り立つ。
人通りは多い。だが全く意に介していないのか、通行人をそのまま押し潰して道路一杯に沈み込む。
悲鳴はなく、冗談のように音の無い世界でさやは目の前の巨大な生物の上には小さな人影を認めた。
降りるための足場を探しているのか、足を伸ばしていたが、そのうちバランスを崩してさやの前に転がり落ちる。
「痛ぅ────」
頭を抱えて呻き、座り込むが、そのうち立ち上がって服に付いた埃を払う。
赤い双眸で少女を見つめ、口を開く。
「この姿で会うのは初めて、ね。わたしは夜、はじめまして、支えのニール」
たどたどしい声で自らを夜を名乗る──ょぅι゙ょ──は告げた。