悠司は今日もまた、深夜にパソコンを動かしていた。
 つい先日ようやく 8M の ADSL が開通したばかりだ。
今までガマンしていた動画コンテンツも、P2P ソフトのファイル交換も ISDN とは比べ物にならない快適さだった。
 P2P ソフトでギャルゲーのリクエストを送り、何気なく相手の共有ファイル
を見ていた時、一つのファイルが彼の目に止まった。

「ヴァーチャル・ラバーズ5(開発流出版・無修正).zip」

 このソフトは悠司もよく知っている。仮想空間で恋愛をする人気ゲームシリーズだった。
しかしこのソフト不況で会社は倒産、予定されていた5も開発が中断されたという。
 よくこんなものがあったなと思いつつ、悠司はリクエストをしてみた。
待ち人数が少なかったのか、すぐにファイルは落ちてき始めた。容量は 200M ちょっとある。
思ったよりサイズが小さいのは、開発途中バージョンだからなのだろう。
 しばらく他のサイトをのぞいていたりするうちに、ファイルのダウンロードが完了した。
圧縮書庫なので一度解凍してみたが、そこには巨大な一個の実行形式ファイルがあるだけだった。
 念の為にウィルススキャンをしてみよう。
 ウイルススキャンソフトを起動して検索をかけてみたが、ウイルスは検出されなかった。
 不審と好奇心が悠司の中で戦いを繰り広げ、好奇心が勝利した。
 どうせ違法ソフトやエロ動画しか入っていないパソコンだ。
システムが壊れたところで再インストールをすればすむことだ。別に痛くもかゆくもない。
 DVD-RAM に今日ダウンロードしたファイルを書き込むと、
悠司はそのまま実行ファイルをエクスプローラー上でダブルクリックした。

「インストールシールドを実行中です」

 メッセージと共に、ハードディスクがカラカラと回り始める。
 しばらくの後、通常のインストーラーの画面と共にどこにインストールするかというメッセージが表示された。
 身構えていた悠司はほっと息を吐いて、マウスをクリックした。
 やがてインストールが完了し、味気のないポップアップウィンドゥが表示された。
開発版だけあって、オープニングもまだないらしい。
 まずは好みのタイプを入力するように求められた。
「髪は黒髪で、長髪。眼鏡をかけていて、色白のお嬢様系で、年は16才。
身長は156センチ、体重は45キロ。スリーサイズは85−55−88。胸は大きいが形はいい……っと」
 カスタム画面をクリックしながら、どんどん入力してゆく。
「家柄は大金持のお嬢様。性格は大声も出せないほどおとなしい。学校はミッション系の女子校」
 その次の画面で、悠司は思わず小さな叫び声を上げた。
「へえ! 初体験の欄まであるよ。えーっと、それじゃ……初体験は13才の時に、家庭教師の大学生とね。
毎日のオナニーを欠かさず、一度火がつくととことん淫乱になるタイプ、っと。好きな体位? じゃあ、駅弁と立ちバック。
へえ、こんなとこまで設定できるのかよ」
 にやにや笑いながら悠司は設定を打ち込んでゆく。
「乱交? 好きに決まってるだろ。フェラチオ、もちろん好きだろ。
乱交が好きで、学校ではレズの女王様。夜な夜な男漁りをするって? いいねえ!」
 調子に乗って悠司は過激なキーワードばかりを選んだ。
十数画面にも及ぶ設定を終えて、メイン画面へ戻ろうとOKボタンを押した時、
ポンという音と共に妙なダイアログがポップアップした。
「ソフトの違法な使用は法によって禁じられています。これに従わない場合は当社の規定により厳格な罰が適用されます。
それでもソフトの利用を続けますか?」
 もちろん、そんなつまらないコケ脅しに屈するような悠司ではなかった。
ろくにダイアログも読まず、OKをクリックしてさっさとメイン画面に戻してしまった。
 わくわくしながらタイトル画面を見ていると、P2Pソフトからメッセージが届いているのがわかった。
めんどうだと思いつつクリックしてみると、先程のソフトをダウンロードした相手だった。
「あなたはソフトの違法な使用をした」
「だからあなたは罰を受けなければならない」
「身を持ってその報いを思い知るがいい」
 続けさまに入っていたメッセージはどれも、ソフトの違法利用を糾弾する内容だった。
悠司は舌打ちをして、最後まで読まずに P2P ソフトを終了させた。
 次の瞬間、画面がブラックアウトした。
「なんだ!?」
 マウスをクリックしたりキーボードを叩くが、何の反応もない。
キーリセットもメインスイッチも効かなくなっていたので、悠司は最終手段としてコンピュータのプラグを引き抜いた。
「これが報いってヤツか?」
 文句を言いながら、電源を入れ直す。
スキャンディスクの青い画面をしばらく眺めた後、ようやくいつもの起動画面が現れて、悠司はほっとした。
いくらファイルが破壊されてもいいとはいえ、復旧させるのはかなり面倒なのだ。
 やがて現れた、いつもの大きな鈴を頭に着けた少女のデスクトップ画面と無数のショートカットの中に、
悠司は見慣れない物を見つけた。
「VLV5開発版」
 さっきのゲームのことだろう。
 彼は吸い寄せられるようにショートカットをクリックした。
 ハードディスクが回る音と、パソコンのファンの音がイヤに耳に障る。
目の前に落ちてきた前髪を払いのけようとして、悠司はぎょっとなった。
 肩にまで、いや、さらに髪が伸び続けている。まるでビデオを早送りしているような感じだ。
慌ててパソコンの前から立ち上がり、洗面所まで転びそうになりながら走ってゆく。
 鏡の前にたどりつく頃には、髪の毛はすっかり腰に届くまでになっていた。
「なんだよ、これ!」
 呆然として呟いた悠司の全身に激痛が走る。
「あぐっ!」
 体が万力で締め付けられるように痛む。息がまるでできない。脂汗がにじみ出る。
床に這いつくばって、赤ん坊のように体を丸めて苦痛に耐える。
 乾いた嫌な音がした。
 それが連続して室内に響き始める。
 悠司の体が縮み始めているのだ。
 ごきん! という大きな音と共に、彼の腰が動く。まるで特撮を見ているようだ。
細く引き締まり始めたウエストは、男にはありえない位置へと移動している。
 やがて苦痛は収まり始めたが、全身はまだ締め付けられたような感じだ。
それなのに、服はブカブカになっている。体が縮んでしまったようだった。
 悠司が咳き込み始めた。声を出そうとするが、まるで声にならない。やがて咳のトーンも高いものへと変わり始めた。
 何時間が過ぎただろう。いや、まだ彼が苦しみ始めて十分にもならない。
 ようやく落ち着いた悠司はよろよろと立ち上がり、洗面台に上半身を預けて蛇口を捻った。
流れ始めた水を貪るように飲み始めた。髪を乱暴に背後へと流し、水を飲み続ける。
ようやく落ち着いた悠司は、荒い息を吐きながら呟いた。
「一体、どうなっちまったんだ!?」
 と言って、慌てて喉に手をやる。
 細い手だ。それが、喉仏のない首筋へと伸びる。
「あー、あーっ! 声が、声がっ!!」
 鏡を見ると、そこには見慣れない少女の顔があった。
 女だと?
 悠司は慌ててズボンを脱ぎ捨て、トランクスを下げた。
 まだ男の証はしっかりとそこに付いていた。
 だが、ホッとする間もなく、また締め付けられるような痛みが下半身を襲った。
彼が見ている目の前で、男のシンボルは見る間に縮こまってゆく。
「わ、ちょっと待て! おい!」
 脚をがに股に開いて、袋と竿を強く握る。無理矢理引っ張ってみるが、手の中の物は容赦なく小さくなってゆく。
「嘘だろ〜! おい、無くなるなよーっ!」
 情けない声を上げながら、もう親指ほどになった竿と、それに相応しいサイズの袋をつかんで引っ張る。
だが悠司の奮闘も空しく、袋は彼の指を弾いて吸い込まれるように消えてしまった。残
るは竿だけだ。だがそれも、あっと言う間に小さくなって豆粒ほどにまでになってしまった。
「ああ、そんな馬鹿な……」
 下腹部の陰毛の合間からちょろんと顔を出すだけのペニスの成れの果てを見て、悠司は床にへたり込んでしまった。
 どくん!
 今度は胸が苦しくなる。
 前屈みになって胸を押さえる悠司の手を押し返すように、みるみるうちに胸が膨らんでTシャツを盛り上げてゆく。
 自分の体に起こった変異を、もはや悠司は目を大きく見開いて見るしかない。
 Tシャツの布地に乳首がこすれて、身体中に蜂蜜のような甘い衝撃が走る。
「ああん!」
 色っぽい声は、とても自分が出した声とは思えない。
 次いで、下半身にも痺れにも似たうずきが走った。
「あん! ダメっ! もうやめてぇっ!」
 まるで射精を繰り返すような快感が際限なく繰り返される。快感も過ぎれば苦痛になる。
下半身に温かい液体が伝うのを感じて、悠司は恥ずかしくなった。
こんな年にもなって失禁をしてしまうなんて! だが、そんな悠司の考えなどお構いなしに、変化はどんどん進んでゆく。
 長い苦痛の時間が終っても、彼は床に転がったまま荒い息を吐いていた。
 しばらくたって、よろよろと悠司は立ち上がった。だがそれは、もはや悠司ではなかった。
 鏡の向こうにいる自分の姿は、視界が霞んでよく見えない。目をこするが、なかなかしっかりした映像とならない。
しかたがなく鏡に顔を近付けてみて、悠司はどきりとした。
 色白の、少しおっとりとした表情の美少女が鏡の向こうからこちらをみつめていた。
慌てて目をこすると、鏡の向こうの少女もまた、同じ行動をする。
「嘘……でしょ?」
 言ってから悠司は、手を口元に当てる。その無意識の行動もまた、彼に衝撃を与えた。
 Tシャツ1枚の姿の少女は、まぎれもなく自分自身の姿だったのだ。


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