「ちょっと待ってろ。いま拭くからな」
明がポケットティッシュで、ぼくに飛び散った白濁の液体を拭い取ろうと──!?
「い、いいよ! 自分でやるから!」
「いいからじっとしてろって」
ぼくはまだ服を着てない。つまり、全裸。
「なに恥ずかしがってんだ? さっきあますとこなく見せてただろ」
「あ、あれは……!」
「あれは?」
ダメだ。いまは何を言っても説得力も重みもない。胸とアソコを隠していた手を引き剥がされ、清拭される。
昼食のときはぼくに拭かせなかったのに……。自分勝手だ。自己中だ。すごく利己的だ。ぼくばっかり恥ずかしい目に遭わせて。
明はそんなぼくを見て本当に楽しそうにしている。
「ぅ……」
イって敏感になった肌に、ティッシュがこそばゆい。立て続けに刺激を受け、またアソコが熱くなってきた。やばい。
「ん? ひょっとして……また濡れてないか?」
バレた。
「なんならもう1回やるか?」
観覧車に乗る前に見せた底意地の悪そうな笑み。
──そして本気の目。
「ダメだよ。もう時間ないし」
「大丈夫だって。あと7分もある」
観覧車は4分の1残っていた。物は言いようだ。たぶん明の頭の中では7分でできる構成を考えているに違いない。
そういうぼくも口ではダメだと言ったけど、身体は準備を整え終えていた。明の一部分を見ると、明も準備万端のようだった。
お互い身体は求めあっている。
ここでやめたらどうなるかシミュレートして……このまま点いてしまった火を消さずに帰れる自信がなくなった。
「陽だってやりたいだろ?」
それがダメ押しになった。意志薄弱。
でも、その代償はとても甘い。
「んはあああっ!」
シートに押し倒され正面から突き入れられる。明のに慣れたアソコはすんなりと明のを受け入れる。
「いきなり、激しい、よ……!」
「時間がないからな」
短距離走のように猛烈な勢いで明が腰を打つ。リミッターがはずれたままで、一突きがぼくを空高くに飛ばしていっているように感じられる。
「ほんと、陽はかわいいな」
唐突にそんなことを言われた。
「赤くなってかわいい声を出して……お、締め付けが強くなったぞ?」
かわいいを褒め言葉だと脳は判断した。かわいという言葉に心が躍り、身体が応えようとする。
「かわいいぞ、陽」
またその言葉に反応して、締め付ける。パブロフの犬のように、キーワードが身体を支配する。と同時に明のを強く感じて、あふれんばかりの快楽がぼくを満た
す。
「それ以上言わ、ないで……ぼく、おかしく、なっちゃうからぁ……はあん!」
「そう恥らうところもかわいいぞ」
「だめ、だってぇ……!」
何故こうも反応してしまうのかわからない。反応するということは「かわいい」と言われることを快と思っている?
「もう、いわないで……はう! おねがい、だから……っ!」
思考がまとまらない。突き入れられても「かわいい」と言われても、積み上げようとした考えが崩されてしまう。崩されて、正しい形で組み直せない。
「もう、出すぞ…!」
明が限界を訴える。ぼくは意識を朦朧とさせながらも明の腰を両脚で挟んで逃げられなくしていた。
「ぼくのなかで、出していいから」
出して欲しい。ぼくにとっても明にとっても一番気持ちのいいことだと思うから。
自分の意思での求めだった。たとえまともじゃない思考の産物だったとしても、それを受け入れたのは自分自身だ。後戻りはできない。
「んぅ、くっ、あ、はぁっ」
できることなら一緒にイきたい。それだけを念じて、ぼくは快楽で満たされたこの身体を決壊させるそのときを待っていた。
「こんなときにこんなことを言うのは卑怯かもしれねえけどさ……聞いてくれるか?」
腰は動かしたまま、明がぼくの顔を両手で包み込むようにして自分の顔と合わせる。
「……俺、陽のことが好きだ」
「──え?」
思考が止まる。そのちょっとの間に、明はぼくの中に熱い液体を放っていた。
「あああ、ああああぁぁぁ!!」
どくどくと、明はまだ出すのをやめない。5秒、10秒──もっと長い時間のように感じられる。
「あ……まだ、出てる……」
熱いのをたくさん感じる。ぼくのなかで脈打っている。溜めていたものを放出し尽くそうとするように。
明がぼくを抱きしめる。怖いときにやってもらったのとはまた違う、優しい抱擁。
「ごめんな、陽。無理矢理やっちゃったみたいでさ。けどよ、俺は陽のことが好きだから抱いたんだ」
謝罪と告白。冗談がかけらもまじらない真顔だった。
ぼくはどう反応すればいいんだろう。
男として? 女として?
ただ、いまは女としてこんなことをして、女として感じていた。これは変えようのない事実だ。そしていま、明と繋がり、女としての自分を強く感じている。
いまのいままで、このまま精神も女のままでいようとさえ思っていた。
けど皮肉にも、明の告白で『男』を思い出した。
「返事は急がなくていいからな。……怒るかもしれねえが、正直俺は陽に男に戻ってほしくないと思ってる」
何も言えなかった。
知らず明の背中に回していた両腕を離すのも忘れて、低い天井を呆然と見上げていた。
◇◆◇
家に帰って、風呂に入って、そこで我に返った。
告白された。
もちろん生まれてはじめてのことだ。
でもその相手はしかも親友だった明。
冗談かもしれない。ぼくをからかって遊んでいるだけかもしれない。そんな可能性はあった。
けど、言っていることに嘘がないことが、長年の付き合いからわかってしまった。
ぼくのことを男の親友といて見ていたと思っていた明。でも実際はぼくを女として見ていた。
思い返せば、いくつもそれを裏付ける行動や言動はあった。
ぼくはそれをただの戸惑いと解釈し、かえって男らしく振る舞い、女として無防備な状態をさらし、結果として明のリミッターを壊してしまった。
そして──明とした。
自分から男を求め、感じていた。舐めたりもした。
アソコに手を伸ばす。ぬるぬるしていた。ぼくのじゃなく、明の出した白濁の液体によって。
「明のにおいがする…」
水で薄まってなお、男だったときにはあまり気づかなかった白濁液のにおいをはっきり嗅ぎ取れる。嘉神先生の言っていた男女の匂いの違いのことを少しだけ理
解する。
明の匂いが自分の身体に染み付いているような気がした。
あの観覧車の出来事から記憶にブランクがある。どうやって帰り着いたのかよくわからない。現状を把握することもやめて、内面世界に没頭していたからだ。
思い返せば、帰り道、公園の暗がりでまた明としたような覚えがある。つい1時間前のことなのに、そんな最近のことさえも忘れかけていた。
──俺は陽に男に戻ってほしくないと思ってる。
観覧車の中でぼくを抱きながら明が言った最後の言葉。思い出すだけで鋭いもので胸を突き刺されたような痛みを感じる。
「そんなのってないよ……」
水面に波紋がひとつうまれる。
信じていたのに裏切られた。
──いや、違う。
明は裏切ったわけでも、ぼくを嫌って避けているのでもない。ただぼくが明に一方的に期待していただけだ。
ぼくは男に戻るのが当然のように思っていた。それはぼくの判断基準でしかなかった。
明のように、女のぼくを必要としている人もいるのだ。それを考慮していなかった。
全ての人の思惑を汲み取ることはできない。一方を立てれば一方は立たない。矛盾したことを同時に許容することはできない。
ぼくは、どうしたらいいんだろう?