ちち・・・ちちちち・・・・
朝がやってきた、いつものように小鳥たちが僕をせかすように騒ぎ立てる。今日は香坂先生と精密検査に行く日だ。
たしか9時に迎えに来るって言っていたからそろそろ準備しないといけない。
僕は眠い目を擦り未練を断ち切るようにベッドから這い出た。
洗面台へ向かい歯磨きをする。女になって4日目だが未だに目の前の美少女が自分だと信じられない。
確かに自分の面影は残っているのだが17年慣れ親しんだ顔とはまるで違う顔には今だ 慣れる事は出来なかった。
「ちょっと真実、女の子なんだから髪ぐらいちゃんとしなさいよ」
「・・・母さん・・・僕は男だよ」
「それは判っているけど見た目は女の子でしょ。出掛けるんだから身だしなみぐらいちゃんとしなさいよ」
「・・・判ったてば・・・でも僕は男だからね」
母さんに促され髪を整える。櫛を通した髪はとても艶やかで心地良かった。だがそれは僕に女の体という現実を叩きつけた。
身支度を済ませ朝食を食べ終わる頃、家の前に車が停まった。多分先生だろう。僕は食器を片付け玄関へと向かった。
「おはようございます。それでは真実君をお預かりします」
「はい、どうかよろしくお願いします」
僕が助手席へ座ると車は病院へと向かった。
車内では香坂先生が緊張する僕をほぐそうと明るい口調で話し掛けてきた。だが僕はそんな気分にはなれずただ空返事を返す
だけだった。
「あの・・・もし、完全に女だったら・・・・男に戻れなかったら僕は・・・どうなるんでしょうか?」
突然の僕の問いかけに香坂先生は驚いた様子だった。だがすぐにいつもの表情に戻り優しげに言葉を返してくれた。
「うーん、どうなるかは私にも判らないわ。でもね、真実君は真実君だよ。
それに真実君はたくさんの人の前で変化したから証人だっているじゃない。
もし裁判になってもたくさんの人が応援してくれるはず・・・もちろん私もその1人よ」
僕はそれ以上何も聞けなくなった。ただ心の中で感謝の言葉を呟いた。・・・・ありがとう・・・。
「久しぶり、高志の結婚式以来ね・・・・ふーんその娘が例の彼ね・・・どう見ても女の子じゃない」
病院に着くと香坂先生と同じぐらいの歳の女医さんが僕らを迎えてくれた。
「そうねほんと久しぶり、あっ、紹介しておくわ真実君、こっちが私の大学の同期だった五島蒔絵、今この病院で働いている
の。
ふざけた性格だけど腕が確かなのは私が保証するわ」
「ひどい言われようね・・・でも、まあいいわ一美から聞いたときはたちの悪い冗談だと思ったけど、
よく考えたら一美いつもふざけたこと言っていたけど冗談なんか言ったことなかったよね」
「そ、私は冗談なんか言わない、それに今私は先生なんだから生徒まで巻き込んでまで悪い冗談は言わないわ。
じゃ、早速お願いね私も出来ることは手伝うから」
僕は五島先生に連れられ診察室ではなく五島先生のオフィスで問診を受けた。
土曜日の午前中ということで待合室はそれなりに混み合ってはいたが、本来非番の五島先生の厚意で待たずに診察を受けること
が出来た
「じゃあ、真実君、とりあえず血液サンプルを採るね。その後はCTスキャンと、レントゲンと・・終わったら問診をやります
。じゃあ腕を出して」
消毒のひんやりとした感覚が腕に伝わってくる。続いて注射針のちくりとした痛みが腕に伝わってきた。
注射器のピストンが引かれに注射器のシリンダーに紅い血液が満たされていった。
「はい、おしまい。痛かった?」
「いえ、ぜんぜん。次はどこへ行ったらいいですか」
「じゃあ、私についてきて」
五島先生に連れられ、CTスキャン、レントゲンとこなしその後、問診が受けた。
そして1時間後僕は再び先生のオフィスに居た。五島先生は神妙な顔つきでカルテを眺め僕にその結果を伝えた。
それは半ば覚悟はしていたものの僕を落胆させるには十分なものだった。
「完全に女の子ね・・・・君にとっては残念だけど生殖器も、骨格も完全に女のものね。元男とは信じられないくらいにね」
今朝まですがりついていた僅かな希望も消えてしまった。男として過ごした17年間はいったいなんだったのだろう。
僕は肩を落としただ泣くしかなかった。
泣き続ける僕の目の前にハンカチが差し出された。それは五島先生からのものだった。
「ほら、泣くな。まあ・・・そんな身体だけど・・・男でしょ」
「で・・・でも・・・・」
弱気になっている僕に五島先生は強い口調で話を続けた。
「甘ったれるな!君は生きているだけでも良いじゃない、病院という場所にはね命の瀬戸際で戦っている人もいるの。
君の命に別状が無いことは私が保証します。だから・・・もう泣かないで」
五島先生は今だ興奮状態の僕をなだめるようになおも優しく語り掛ける。
「君の血液サンプルを更に詳しく解析してみるから、それで何か手がかりがあったらすぐに連絡する。約束するわ」
五島先生は僕の手を握り、最後には優しく僕の心を静めてくれた。それに答える言葉は僕の口からは出なかった。代わりに僕
はただ静かに頷いた。
「じゃあ蒔絵、頼んだわよ」
「任せて!何かわかったらすぐに連絡するから」
すべての検査を終え病院から出るとき、僕の目は涙でまだ濡れていた。女であるということ が実証され僕の心は打ちのめさ
れた。
だが五島先生の言葉が僕を勇気付けてくれた。だから今は前向きに生きよう。香坂先生も言うとおり僕は僕なのだから。
「ありがとうございました」
そう五島先生に礼を言い僕は病院を後にした。
「ふう、ちょうどお昼ね。ねえ真実君、お昼でも食べていかない? おごるわよ」
きゅるるるる・・・・・
僕が言わずとも身体が先に返事をした。僕たちは繁華街近くの駐車場に車を止め食事を採ることにした。
「あったあった、ここよ『錨屋』」
「あの? 先生、ここ・・・居酒屋じゃないですか?」
「うん、居酒屋だけどランチもやっているのよ。それですごくおいしいのよ」
そう言うと2人で暖簾をくぐり店内へ入っていくと混み合った店内で意外な人物を発見した。
「西沢・・・・?」
「え!・・・・真実?」
お互い不意の出会いに言葉を失った。