『いや、本当にごめん!本当にごめんだけどお前にもほんの少しは非があるんだぞ』
俺はあれから無言で睨み続けてくる翔に見苦しい弁解をしていた。
確かに俺が悪いのだがお前のことが少し心配になって見に行ったてことも汲んで欲しい。
なんせ俺は自業自得とはいえお前の無敵コンボをくらって半死半生の目にあったというか、今も半死半生なんだがその辺のことも考えて欲しいな。
ちなみにブラジャーはサイズがまったく合わなかったようだ。
冷静になって考えてみたら40歳のおばさんのが17歳のピチピチ(死語)の美少女に合うわけがない、と思う。
『ウザい。話しかけんなエロ豚』
やっと口を開いたかと思ったらそうきましたか。
『ちょっと待て! ウザいとかキモいとかはいいが、豚ってのはやめろ。自分で言うのもなんだが俺は全然太ってないぞ。むしろスマートさんだ』
生まれてこの方豚とは言われたことがない。昔ちょっと太っていた時期があったがそれでもぎりぎり標準だ。肥満ではない。
『そういう意味じゃねえよ!…ったく人の目の前で汚ねえモンお勃ってやがって…マジキモいんだよ。最悪。死ね』
言いたい放題だな。まあ、間違い、間違いではないが、あまりの言いぐさにさすがの俺も少し腹が立った。
『ちょっと待て。百歩譲って俺がキモいのは認めよう。だが俺のはあくまで生理現象だがお前はどうなんだ?
その、いろいろと立て込み中に、トイレでするのはどうなんだ?』
いくら元男とはいえ女性に言うにはあまり非道い言い方だったかもしれないが、腹が立っているのであまり気にしてない。
『…っ! うっせえ死ね! ボケ! カス!』
『答えになってないぞ』
『ぐっ!』
なんか女の子イジメめているような気になってきたが元が翔なんだから気にすることはない。
『だいたいよく考えたら俺は普通だ。あっと、可愛い女の子が、その、Hなことしてたら反応するのは男として普通だ』
……開き直ってしまった。しかもけっこう最低な理論だ。
俺はまた翔から拳が飛んでくると思って身構えたが、意外にも何もしてこなかった。
『あれ?』
顔を上げて翔を見る。なんかボケっとしていた。心なしか顔が赤いような…
『翔…どうした?』
『は? え? 何だよ!』
『いや、なんかボーっとしてたみたいだから…』
いったいどうしたんだ?
『ぼ、ぼぼ、ボーっとなんかしてねえよ!! 目腐ってんのか?
…はあ、いいよ。許してはやらないけど、そろそろ勘弁してやんよ。よく考えたらそれどころじゃないしな』
なんか知らないが機嫌が少し治ってるみたいだ。まあ、なにはともあれよかったのか?
とりあえず機嫌が良くなった(?)みたいなので本題に入ろう。
母さんの下着が合わないのなら他のを調達するしかない。
とは言っても前も言ったが俺には下着を貸してくれるような女友達はいない。
親戚ならいるが此処から電車で4時間ぐらいかかる所に住んでいるし、最近音信不通なので頼るのは無理だろう。
となると頼みは翔になるが。
『なあ翔。お前確か彼女いるだろ? その娘に貸して貰えばいいんじゃないか』
出来るだけ自然に切り出してみた。確か翔には付き合ってる娘がいたはずだ。
一度遠くから一緒に下校しているのをみたことがある。
『もう別れたっつうの』
そっけなく答える翔。
そうか。ちょっと痛いことを聞いてしまった。悪いことをしたな。でも…
『それでもお前女友達とかけっこうたくさんいるんだろう? 誰かに貸して貰えば』
『1人しかいねーよ。だいたい恥ずかしくてんなこと頼めるかって!
なんて言やあいいいんだ。“突然女になりました”ってか。無理があるだろうが』
そういえばそうだな。しかし翔って女友達1人しかいないのか…以外だな美少年だからいっぱい寄ってくる娘がいると思うんだが…
『つうかお前はいないのかよ? 誰か貸してくれそうな友達とかよ?』
『悪い。今はいない』
今はのところを強調して言ってみた。
さすがに生まれてこの方まともに女の子と付き合ったことがないなんて知れたらすごく恥ずかしいからな。
『使えねー奴だな。ホント。マジ使えねー』
『悪かったな』
何はともあれ振り出しに戻ったか。このままでも俺は嬉しい…いや、あまり見つめていると命が危ないのでやはり下着は必要だ。
しかしどうすれば…
『しゃーねえ』
翔が思いついたように椅子から立ち上がった。何か心当たりがあるんだろうか?
『買いに行くか』
買いに、行く?
『そうか。その手があったか』
そうだ、思えば別に誰かに貸して貰うとかそんな回りくどいマネしなくても普通に買ってくればよかったのだ。
今の翔は女なんだからなんら問題はない。
『そうかってお前今までそんなことにも気が付いてなかったのか? 超ド級のボケか?』
馬鹿にするなよ。それぐらい気づいてなかった!
『いや、まあ言葉のアヤだ。しかしそうか、買いに行くのか…それじゃあいってらしゃい』
そう言うと翔が怪訝な顔をする。また俺なんかミスった?
『いってらっしゃいって、お前も行くんだろうが』
『へ? なんで?』
“ゴン”
『あた!?』
また殴られた。え? なんで俺が行くの?
『なんでもクソも俺1人で女物の下着売り場にいかせるつもりかよ? お前そんなに俺に恥じかかせたいのか?』
『いや、恥もクソも翔は今は女の子なんだから別にいいだろ…』
『う、うっせえ! 恥ずかしいモンは恥ずかしいんだよボケ! いいからとっとと準備しろオラ!』
なんかすごい理不尽だ。別に俺が行かなくても…
『だったら友達誘えばいいだろ? 今日は平日だけどお前の友達なら普通に何人かはサボってそうだからな』
『馬鹿かお前? 友達に女になったなんて言えるかよ。だいたい下着売り場についてきてくれなんて無理だろ? 恥ずかしいだろうが』
俺なら恥ずかしくないのか?と言おうと思ったがまた不毛な争いになりそうなんで黙っておいた。
これ以上ややこしくするのは得策ではない。
まあ、そんなわけで結局翔の買い物に付き合うハメになった。
家から徒歩で30分ほどのところにデパートがある。名前はケルト。
そこそこ大きなデパートでけっこうな数のテナントが入っている。当然ランジェリーショップもあるわけで。
ちなみに今、翔はTシャツのうえにジャケット、下は擦り切れの入ったジーンズといった格好だ。
以前の翔なら格好いいといえる姿だが今の翔にはサイズも大きめでいまいちアンバランズだ。
翔は男の時もあまり背が高い方じゃなかったが、それでも身長160pはあった。
だが今の翔はどう見ても160pちょっとの高さしかない。
やっぱり女の子はもっとかわいい格好をしたほうがいいと思う。ま、こんなこと言ったら翔に殺されるだろうけど…
ちなみに胸の突起を隠すために家にあった包帯を胸に巻いている。俗に言うさらしってやつだな。
俺もさすがに平日に制服でそんなところをうろつけないので一応着替えて家を出た。
『そういえばお金は大丈夫なのか? 女物の下着ってけっこう高いって聞いたけど…』
デパートの前まで来て、ふとお金のことが気になったので翔に聞いてみた。
二人ともバイトとかしてないし、小遣いもそんなに貰っていない。果たしてそんなものを買うお金があるのだろうか…?
『心配ねえ。家の金持ってきたからな』
なに!?
『ちょ! お前、家の金って!?』
『うっせーな。いちいち大声だすなよ。こんなもん後で謝っとけばいいんだよ。
だいたい事故でこうなったのになんで俺が金を出さなきゃなんねえんだよ』
確かに筋は通っているが、家のお金を持ち出すのはちょっと…いや、でも母さんも話したらわかってくれる、はず…たぶん。
『そういうことならしかたないか…』
母さんもきっとわかってくれるはず…
店内案内でランジェリーショップの位置を確認する。
『え〜と…下着売り場は3階か…』
ここのデパートにはよく来るし、だいたいの店の位置は把握しているつもりだが、さすがに女性の下着売り場なんかに行ったことはない。
まあ、彼女もいないのに男がそんなところに行っていたら変態だが…
と、そこまで考えて急に不安になる。本当に、俺が、下着売り場に行くのか?
いくら女の子(翔)と一緒だといっても、いや逆に一緒だからこそすごく恥ずかしい。
『なあ翔、ホントに俺も行かなくちゃだめか…? 店の外で待ってるってのはだめかな?』
隣でやや高い位置にある店内案内を見上げて見ている翔に聞いてみた。
『なんだ? ビビってんのかよ? そういうとこがキモいんだよ!』
ビビってるだって。Exactly(そのとおりでございます)。
『ああビビってる。だってこんなとこ入ったことないからな。すげえ恥ずかしい。だいたいここは男にとっては鬼門だぞ!』
女性経験ゼロの俺にとってはなおさらだ。そうとうの覚悟が必要だ。
「『覚悟』とは!! 暗闇の荒野に!! 進むべき道を切り開く事だッ!」と偉いギャングの人も言っていたが、
残念ながらランジェリーッショップへの道を切り開くつもりはない。
『んだよ。自分の都合ばっかり押しつけんじゃねーよ! 下着を買う俺の方が何倍も恥ずかしいっつーの。
お前には突然女になった奴の気持ちってもんがわかんねーのかよ! 買いたくもない下着も買わなきゃなんねーしよ!』
自分の都合を押しつけてるのは俺だけじゃないと思うが…
まあ、でも確かに俺よりも翔の方が大変なのは事実。もう少し気持ちを考えてやるべきだった。
もし俺が突然女になって下着買わなくちゃならないとなったらもっとパニクるだろう。
その点、翔は偉い。
もしかしたら恐い気持ちを抑えているだけなのかもしれないが、いや、だったらなおさら偉い。
俺の事も気を遣ってくれているのかもしれない。
そう思うと自分が少し恥ずかしくなってきた。
『ごめん。そうだよな一番大変なのは俺じゃなくて翔だもんな。ごめんな、俺自分勝手だった』
そう言って頭を下げる俺。
『…ふ、ふん!分かりゃあいいんだよ。じゃあさっさと行くぞ!』
横を向いてそっけなさそうに答える翔。許して貰えたかな?
『うわ…っ!?』
思わず感嘆の声が出る。目の前に広がるのは色とりどりのランジェエリー。まるで花畑だ。
ここはもしや秘密の花園かもしれない。まあ、実際男にとっては似たようなものだとは思うが…
なにせ普段なら絶対に入ることが出来ない進入禁止エリアだ。ヘタに足を踏み入れるとすぐさま御用になる。
だからある意味、今の俺はラッキーボーイなのかもしれない。
ブラボー、おお、ブラボー!!
『何、下着見て立ち止まってんだよ? きめえな』
自分の世界に浸っていたら横からの翔の声で現実に引き戻された。そうだった。とりあえずは翔の買い物をしないとな。
『そういえば翔、サイズ分からないんだよな? 店員さんに聞いてみたらどうだ?』
幸いにも平日だからか下着売り場には客は俺たちだけのようだが、それでも片っ端から下着をかき集めて試着するのはマズい。
店員さんに聞いてまずサイズを測ってもらうのが1番だろう。
『…嫌だ。んなハズいこと聞けるかよ』
少し頬を赤らめて答える翔。う!? 可愛い…
…って、なに俺は自分の弟、つうか翔を可愛いとか思ってるんだ!? これならキモいとか言われてもしかたがないぞ。
『…い、いや、でもちゃんとサイズとか測らないと下着買うにも買えないだろ?
すごく恥ずかしいとは思うけどちゃんと店員さんにしてもらったほうがいい』
『じゃあ、お前が聞けよ』
へ…? なんと言われましたか?
『お、俺が!?』
『おう、お前が店員に聞くんなら素直にしたがってやんよ』
さて、ここで問題発生。
俺が店員に聞くのか…男の俺が…別に恥ずかしいことを聞く訳じゃないけど、いや、でも…だが、ここで聞かないと進まな
いし、う〜ん…
『分かった。じゃあ今から聞いてくるから。待ってろよ』
そう言って先行する。とは言ってもなんて聞けばいいんだ…?
「この娘のサイズ測ってくれませんか?」…駄目だ。
「この娘の寸法お願いできますか」…よし、これでいくか。
あとは出来るだけ年配の人の方が……と、思って辺りを見回すも不幸なことにけっこう若い女性の店員さんしかいない。
『おい、聞くなら早くしろよ』
後ろから翔に急かされる。く! 恥ずかしいなぁ、もう。
いや、偉い人も言っていたじゃないか「あなたは…『覚悟して来てる人』…ですよね。
下着を買う女性について行こうってことは逆に下着を買わされるかもしれないという危険を常に『覚悟してきてる人』ってわけですよね…」と!
よし、覚悟を決めた。俺は意を決して一番近くにいた20代後半ぐらいの店員さんに聞いてみようとした。
『あ、あの?』
『どうしました?何かお探しですか?』
後ろの翔を確認しているのか、男の俺に対しても普通に話しかけてくれる店員さん。そ
の笑顔が今の俺には眩しい…ッ。
『いや、え、え〜と、弟…じゃなくて妹の寸法お願いできますか? こいつ初めてなんで…』
後ろの翔を指さして言う。ふ〜。なんとか言えたぜジョルノの兄貴。
『ちょ! お前、妹って!』
なんか翔が言ってるが今の俺は達成感に満たされているせいかあまり気にならなかった。
『わかりました。では、こちらにどうぞ』
なんか言いながらも店員さんに試着室に連れて行かれる翔。まあ、頑張れ。
店員さんに進められた下着をいくつか買って無事買い物を済ませた俺たち。
ちなみに翔はなんだかんだ言いながらも下のショーツも買っていた。やっぱり男物の下着では落ち着かないのかもしれない。
あと翔の胸が何カップなのかは聞いていない。俺はまだ生きていたいんでな…
そんなこんなでデパートから家までの帰路をトボトボと歩いていた。
『その…今日は…悪かったな』
ふいに翔が口を開いた。と、同時に驚いた。普段何の用事もなしに翔から俺に話しかけてくるなんてめったにあるもんじゃない。
しかも翔の口から「悪かった」なんて言葉が出るなんて…
『何が?』
分かってはいるが一応なんのことか聞いてみる。
『下着買いについて行かしたり、店員にあんなこと聞かせたりしてよ』
『ああ、そのことなら気にしなくてもいい(逆らったら恐いし)しかし珍しいなお前の口から「悪かった」なんて言葉が出るとは』
恐いモノ見たさに少しきわどいことを言ってみた。
『ば、勘違いすんじゃねーぞ! 別にお前に感謝してるわけじゃねえからな!
一応ワビだけはいれとかねえと俺のポリシーに反するからな。ちょっと人が下手に出てりゃあ調子にのりやがって、だからキモいんだよお前は!』
“ドス”
『ごふ!?』
そう言われて腹をどつかれた。予想通りというかなんというか…
『ごめんなさいすいませんもう言いません』
これ以上殴られないように一応謝っておく。
『分かりゃあいいんだよカス!』
ちょっと言ってみただけでこれか…つくづく俺はなめられているみたいだ。情けない…
『…ぁ………がと』
ん?
翔が何か言ったみたいだったが聞こえなかった。
たぶん聞こえては駄目なくらい非道いことを言われたんだろう…トホホ。
『ふう、今日はマジで疲れたな』
ベッドの中で今日のことを振り返る。
デパートから帰ってきたあと、俺たちは別々ながら昼食を済ませて家でダラダラしていた。
さすがの翔も今日はこれ以上出かけるつもりはなかったらしく珍しく部屋に引きこもっていた。
まあ、当然と言えば当然なのだが…
俺はといえば一応休んだ分の授業の内容を自力で勉強して(テスト近いからな)、明日の授業の予習をし学校に備えていた。
ちなみに明日の学校の件は夕食後にさんざん話あった結果、なんとか翔は学校に行ってくれることになった。
そこには涙なしでは語れない俺の自己犠牲の精神があったことを忘れないで欲しい。
危うく死んだ父さんに会いに行くところだった。
『翔は出席日数がけっこうやばいからな…』
一応学校には翔のことを連絡しておいた。
さすがに最初はまったく相手にしてくれなかったが俺の必死の説得が効いたのか6回目の電話でなんとか信じて貰えた。
やはり普段の行いがいいからだろう。ありがとう俺。
制服とかの件については明日までに話し合ってくれるそうだ。
とりあえずは一安心か…と、眠くなってきた…今日はいつもに増してよく眠れそ、う…だ…