『てへ…やりすぎちった♪』
舌をペロっと出してお茶目に笑う健さん。やりもやったり14人。
周りには男たちの無惨な亡骸(生きてるけど)が転がっている。
バーの微妙に薄暗い雰囲気と相まってまるで墓場のようだ。ちなみに堀田は…その、表現するのも難しい顔になっている。
鼻の形は変わり、頬を真っ赤に晴れ上がり、目の下には無数のアザが出来ていた。
お金のかからない整形手術は後遺症が激しいな。あまりオススメできない。
…重ね重ね言うが、みんな生きてますよ…たぶん。
『「てへ」とか言わないでください…』
『たまに俺もお茶目したい時があるんだが…やはり似合ってないか…?』
申し訳なさそうに顔を伏せる健さん。似合ってる似合ってないというか…
『いえ、すごく可愛かったです!』
ものすごく、最高に、すばらしく、美しく、綺麗で、これ以上ないくらいに可愛かった。
案外こういう少女みたいな仕草も似合うんだな。さすが絶世の美女。
そこに痺れる!憧れるぅ!
『そうか…いやなに、先生や雪彦の奴にもう少し女性らしい仕草をしたほうがいい、と言われてな。
それで、女性らしい仕草ってのはどんなものなのか今は勉強中なんだ』
なるほどね、たまにはいいこと言うじゃないか母さん。でも俺は今の男らしい健さんも好きだけどな。それと…
『言うのが遅くなりましたけどありがとうございました。また助けて頂いて…本当に助かりました。お礼を言っても言い尽くせないくらいです』
『いいってことよ。俺の方も仕事がいっぺんに2つも片づいて助かったからな。逆にこっちがお礼言いたいくらいだよ』
『そんな、とんでもない。……それより2つって?』
堀田のことは分かるが、あともう一つはなんのことだろう?
それに関しては俺はなにもしてないと思うけど…
『堀田のこととは別件に、ある女子高生を娘に持つ親御さんから、
「娘がレイプされたみたいなんだが、どうしても詳しいことを話してくれない。やった犯人を見つけてはもらえないだろうか」って依頼を受けてたんだ。
まあ、話たがらないのは当然だろう。おそらく写真を撮られて、「警察に喋ったらバラまく」とでも言われたんだろうな。
最近はインターネットってもんもあるから、ヘタをすると世界中に自分のあられもない写真を公開されることにもなりかねない。
恐い世の中になったものだ…』
つまり…
『それがこの連中の仕業だった…と?』
『そういうことだな。まさかこっちの一件にも堀田が絡んでるとは思ってもなかったけどな。やれやれ、ホントにゲスな野郎だよこいつは…』
そう言いながら健さんは気絶している堀田の顔を靴の先でコンとつく。
『ま、そんなことより…』
健さんはシニカルな笑みを浮かべてくいっと俺の横を指さす。何だ?
“がばっ”
『うわっぷ!?』
いきなり翔に抱きつかれた。これはいったいどういう…??
『バカ野郎!あぶねえマネしやがって!』
“ぎゅ”
『いた、いたたたた!』
まだ体の方は全身軋んでるのにそんなに強く抱きつかれたら…あ、でもちょっと胸があたって気持ちいいかも…って何考えてんですか俺!
『あっ! わ、悪りい…』
俺が痛がってるのに気付いたらしく離れる翔。ふと、見ると顔に涙の筋がいくつも出来ていた。
『…い、いや大丈夫だ。でもあんま強く抱きつかないでくれ』
『じゃ、じゃあこれくらいでいいか…?』
『あ、ああ…』
そう言うと今度はさっきより優しく俺を抱きしめる翔。
暖かいな。それになんかいい匂いがする。これが女の子の匂いってやつか…
『なんであんな無茶なことしたんだよ…俺がどうなろうがお前には知ったこっちゃないだろうが…』
『そんなわけにはいかないだろ。お前は俺の大事な家族だからな』
『だからって無茶しすぎだ。もっと自分を大事にしやがれバカ!』
『そりゃ自分のことも大事だけど…翔の方がもっと大事だ』
…って何言ってるんだ俺。ちょっと今のセリフはくさすぎるぞ。
こいつはくせぇ! キザ野郎の匂いがプンプンするぜぇ!
こんなこと言ったらまた翔に…
『………バカ』
さっきよりも少し力を入れて俺を抱きしめる翔。
……あれ?
そんな俺たちの様子を見ていた健さんが意地悪な笑みを浮かべている。
『しかし今日のお前はなかなか格好良かったぞ。“愛しの彼女”を助けるためとはいえ、勇敢にもあんな危ない連中の中に突っ込んでいくとはな。
助けが来ると分かっていてもなかなか出来ることじゃない』
“愛しの彼女”の部分を強調して言う健さん。な、なにか勘違いなさっているようで…
『な! なな…!?』
それを聞いて俺をがばっと離す翔。何故か顔が真っ赤だ。
『ち、ちち…違いますよ。俺はこいつの彼女なんかじゃなくて!』
『そ、そうですよ! 彼女じゃなくて妹です! さっき電話で話したじゃないですか』
俺も妙に顔が熱い。ボコボコに殴られたせいだろうか…
『しかし彼女を妹って呼ぶだなんてお前もずいぶん変わった趣味してるな…』
『なんで彼女を妹なんて呼ばなくちゃならないんです!』
『…なんだ? 違うのか?』
『『違います!!』』
思わず翔とハモってしまった。しかし健さん…彼女のことを自分の妹だ、なんて言う人なんて普通いないでしょう。
なんでそんなことを…
『ふむ。おかしいな? 以前電話したとき、「貴志がこの年になって彼女が出来ないのはきっと近親相姦が好きだからだわ。
でも私に興味はなさそうだし。おそらく実の妹か姉ってシュチエーションが好きなんでしょうね。
良かったわ、娘生まなくて…あ、でもそれはそれで…」と先生が話していたから、
てっきり彼女のことを「妹」と呼んで自分の性欲を満足させているのだと思ったんだが』
母さん……アンタって人は…相変わらず…
「それはそれで」って…なんだ?何を言おうとしたんだ!?
『あの人の言うことを真に受けないでください。口から出る言葉の80%は嘘ですから…』
つうかそんなに実の息子に恥じをかかせたいのか!
もしかして最近近所のおばさんが俺のことを変な目で見るようになったのは、また母さんがくだらないことを吹き込んだせいなのか!?
やってくれる、やってくれるぜ、あのおばさん!
旅行から帰ってきたら俺がたっぷり説教してy……出来ない。出来ないよそんなこと…俺死ぬじゃん…畜生!
なんて理不尽な世の中だ!
『80%嘘ってことはないだろう。俺はあの人からたくさん大切なことを学んだしな。すごい人だよ、あの人は…』
遠くを見るような目で語る健さん。
そうなのだ。始末が悪いことに健さんは母さんのことを尊敬している。昔いろいろあったみたいなんだが、詳しい理由は俺には分からない。
でもそのおかげで健さんと雪彦さんいう素晴らしい人たちと知り合えたわけであって…感謝すべきなのかどうなのか…
『それじゃ、そろそろ次の作業に移るか…』
次の作業?
『次の作業って何ですか…?』
『さっきもう1つの依頼のことについて話しただろ。確かにここにいる連中が犯人だろうが、これで全員とは思えない。
今日ここに来てねえ奴も何人かいるはずだ』
なるほど。言われてみれば確かにそうですね。全員がきっちりここに揃っているとはかぎらないもんな。
『なあ? お前、そうだろ?』
健さんは倒れている男の1人に話かける。あれは確か…最初に健さんに投げ飛ばされた奴か…
『三倉…』
翔が呟く。
『へえ、三倉って言うのか…なあ、三倉くん、話聞いてただろ。もし知ってたら教えてくれねえかな?』
男はピクリとも動かないが、健さんはかまわず話を続ける。
『後で話を訊こうと思ってお前とあともう1人は気絶させずにしておいたんだ。お前が答えてくれないならもう1人の方でもいいんだが…
そうなるとお前を起こしておく意味がねえから、もう一発いれてきっちり気絶させるが、それでもかまわねえのなら?』
『ひっ!? 話ます話します!』
そう健さんが言うとさっきまでの沈黙とは一転して顔をあげて声を出す。なんとも情けない声だ…
『じゃあまずはそいつらの名前をお姉さんに教えてくれるか?』
三倉と言われた男はペラペラと必死な声喋りだす。ここに来てないものの名前、電話番号、住所を知ってるものは住所も。
健さんは懐から取り出したメモ帳にそれを記入していく。
『俺が知っているのはこれで全員です…』
『そうか。助かったよ』
“ゴン!”
健さんは笑ってそう言うと、当然と言うべきか不要になった道具をすぐに始末した。
こう表現するとまるで健さんが悪党みたいだが、これ以外の表現が思いつかなかったもので、あしからず。
そして今度はバーの中央らへんに倒れている男に同じように拳骨をくらわした。
どうやらそいつが「もう1人」だったようだ。
『さて…じゃあ俺は行くわ』
よっこらしょ、と堀田を肩に担ぎ、バーの出口に目をやる健さん。
『もう、ですか…』
『ああ、聞いてのとおり後始末をしなくちゃならないんでな。俺の素敵な友達が住む町だ。綺麗にしとかなきゃ、駄目だろ?』
健さんは素敵にウインクして微笑む。俺もその素敵な友達に含まれているのだろうか?
そうだと嬉しいな。
『…そういや貴志、歩けるのか? けっこう非道いことされてたみたいだが…?』
『まあ、歩くくらいなら…まだ少し痛いですが、思ったほど酷くはないみたいです』
『骨は折れてないみたいだが…でもそれで家まで帰るのはキツイだろ。送ってやるよ』
確かにここから家までけっこう距離あるもんな。うん、健さんがそう言ってくれるのなら素直に好意に甘えようかな。
『だったら…』
『ちょっと待ってくれ!』
お願いします、と言おうとしたら横から翔に遮られた。
『その、貴志は俺が背負って帰ります』
『え? でも、健さんが折角送ってくれるって言ってるんだし、それにそんなことしたら翔がしんどいだけだろ』
健さんは車だろうし、別にそんなことしてくれなくても…
『お、俺は借り作ったまんまってのは嫌なんだよ。それに俺のせいでそんなになったんだから、お礼ぐらいさせろ』
『だってよ。折角言ってくれてるんだから素直に従ったらどうだ。俺のことは気にするな』
『あ、ええ…だったらお願いしようかな。悪いな翔』
『お、おう。まかせろよ』
だったら翔にお任せしよう。…う〜ん、でも普通これ男女逆だよな。
『ひひ…』
俺たちの様子を見て、愉快そうに笑みを漏らす健さん。
『何かおかしいですか…?』
『いや、なんでもねえよ』
何かおかしかっただろうか…?
『では行こうか?そろそろ雪彦が警察呼んでる頃だろうし、ここのことは警察にお任せしよう。
少年課にも何人か知り合いがいるからこいつらをこってり絞ってくれるように頼んどくわ』
さすが健さん。交流関係が深いな。
『にしても貴志、今日はよく頑張ったな。
他の人間からしたら一見して無謀といえるような行為だったかもしれないが、
大切な人を守るために、自らが傷つくことも恐れずに連中に立ち向かった行為は紛れもないお前が持つの本物の勇気、立派な強さだ。
本当によくやったよお前は。ほっぺにチューしてやりたいくらいだ』
『ほ、ほっぺにチューですか……是非!』
『………』
“ぎゅううっ”
横から翔に思いっきり頬をつねられる。
『いたた!?…じょ、冗談、冗談だって!』
『ふふ、そうだな。ほっぺにチューは妹さんにして貰った方がいいよな』
それを聞いて翔の顔がボッと一瞬で真っ赤になった。嫌そうな顔だな。
しかし健さんも冗談きつい。翔がそんなことするわけないじゃないか。
『そう言えば名前を聞いてなかったな。俺は須々木健。君は?』
『あ、えっと上村翔です』
『では翔ちゃんこれからもよろしく。貴志のこともよろしく頼むぞ』
健さんは優しく微笑んで翔に手を差し出す。
『はい』
翔も笑顔でその手を握る。
『しかし「翔」ちゃん、ね。素敵な名前だけど女の子には珍しい名前だな』
そりゃ元々男なんだからしかたない。それに…
『だったら「健」も女性では珍しい名前だと思いますけど…』
綺麗で格好良い健さんにはピッタリな名前だとは思うけど。
『そうなんだが。ま、それには理由があるからな』
理由?
『なんですか?』
『訊きたいか?』
今まで見たこともないような凄みのある笑みを浮かべる。
『いえ、止めときます…』
どうやら訊いちゃいけないことだったみたいだ。
人には絶対に訊いちゃいけないことが1つや2つはあるからな…にしてもちょっと恐かった。
『ま、いつかは話してやるよ。じゃあな、俺の素敵な友達に新しく出来たこれまた素敵な友達。
次会えるのを楽しみにしてるぜ。お互い今夜は良い夢を』
健さんは歌うように言い残して、来たときと同じく颯爽と俺たちの視界から消えた。
しばらくして車のエンジン音が聞こえ、徐々に遠ざかっていった。
名残惜しいがまた次会えるんだから我慢しよう。
それにしても、相変わらず疾風のような人だったな。
『じゃあ、俺らも帰るか』
俺に手をさしのべる翔。
『ああ、帰ろうか』
俺たちの家へ。