目が覚めると、素裸で何かの台の上に転がされていた。
起き上がろうとして和哉は、妙な感覚に戸惑った。
体がむずがゆいような、くすぐったいような、身体の内側から何とも言えない奇妙な感じが止まらないのだ。
「ん……」
身動きすると、かしゃんと軽い金属音がした。
乗せられているのは金属フレームに板を乗せただけのような簡素なストレッチャーだったが、和哉はまだ状況を理解できないでいる。
「まぶし……」
目を手で隠そうとしたが、手が動かない。それどころか、身動きすら自由にできない。
だが、目をつぶったまましばらく身体を揺すっていると、徐々に手足の感覚が戻ってきた。それと共に、胸が何やらジンジンと痺れてくる。
「ふぅ……んっ……やぁっ……」
自分の漏らした声に、和哉はぎょっとなって目を開いた。
「あら、お目覚めね」
目の前には白衣を着た、黒のセルフレーム眼鏡をかけた女性が和哉を真上から除きこむようにして立っていた。
「どうぞ、オナニーを続けて。経過を観察するから」
「オナニーって何よっ! ごはぁっ……くっ……けほっ……」
「ほらほら。いきなり大声なんか出すからよ」
しばらく咳き込んでいた和哉だが、奇妙なことに気がついた。
「声……」
少女のような涼やかな声が自分の口から漏れていることに、そして今自分が言った言葉に、和哉は愕然となった。
「どうして、あの……変よ、これ!」
「あら、珍しい。前のことを覚えていられる子は久し振りだわ」
「それより、これを何とかしてください」
和哉の両手両脚は、ベルトでストレッチャーに固定されていた。
「ガスの濃度が低かったのかしら?」
「そうかもしれません。個体差というものがありますし、最近は経費等の問題もあって、使用は必要最小限にしろという上からのお達しもありますので」
「お役所仕事って面倒ね」
「こちらの話も聞いてください。お願いします」
いい加減にしやがれクサレ女(アマ)と言ったつもりなのに、口から出る言葉はおとなしい懇願調になってしまう。
「でも、言葉はちゃんと女の子ね」
「行動と口調の抑制は変換時に深層意識にインプリンティングされますから」
「そう……そうだったわね」
白衣を着た女は、まるでこちらの言葉など耳に入っていないようだった。
もう一人の姿は視界には入っていないが、こちらも和哉の言葉を聞いてくれる様子は感じられない。口にした言葉からも、事務的な冷たさを感じる。
「私の言葉……聞こえているんですか」
「もちろん聞こえているわよ。せ−19GA2260号さん」
「ばっ、番号なんかで呼ばないでください。私は……えっと……和哉……どうしよう、なんで忘れちゃったのかしら」
どうしても名字が出てこない。
「あなたは生まれ変わったのよ。今までの事は忘れて、御主人様に奉仕する大和撫子として良妻賢母におなりなさい。
そして御国のために、たくさんの子供を孕んで産むのよ」
白衣の女性が和哉の頭を撫でながら言った。
「何を古臭いコトを言っていんですか。今時、そんな人なんかいません!」
「まあ……乱暴な子」
良妻賢母だなんて前世紀に滅びた言葉だ。もっと汚い言葉で罵りたかったのだが、これが限界のようだ。内心で歯ぎしりしながら、和哉は続ける。
「それよりも、この、私を縛っているのをほどいてください」
「従順ではないあなたの拘束を解くことなんて、できないわ。私が怒られちゃうもの」
「私がここにいること自体が間違いなんです。私は……私は会社員で、ホームレスなんかじゃありません」
「あなたはホームレスの溜り場にいたのよ。普通の人が出入りするところではないわ」
「きっと、酔っていたんです」
「私には関係ない話だわ。ああ、こっちよ。それを装着してちょうだい」
足音が和哉の頭の上で止まった。
ヘルメットのような黒い物が和哉の頭にかぶせられる。
「嫌っ、やめてください! 何をするのっ!」
低いハム音と共に、頭の中に小さな指が何十本も突っ込まれるようなおぞましい感触がする。
「ひぃっ……!」
頭のてっぺんから背骨まで、ずるずるとした何かが入り込んでくる。
「大丈夫よ。次に目が覚めた時は、あなたは身も心も本物の女の子になっているわ」
女が装置のボタンを押した瞬間、和哉の意識はテレビのスイッチを切るように一瞬にして闇の中へと落ちていった。