誰かが呼んでる……
 誰を呼んでるの?
 誰?
 ……わたし?

「…………おり……」
「……か……おり!」
「かおり!」

 香織はうっすらと目を開けた。ぼんやりする視界の左側に見覚えのある顔がある。

「香織! 大丈夫か?」

 勝人は香織の顔を覗き込んで心配している。香織の左頬から僅かな距離に勝人の顔があった。

「酷くうなされてたけど……悪い夢でも見たか?」

 香織の頭の中に白いモヤのようなヴェールが掛かっていて、まだ目は虚ろなまま勝人の顔を見上げていた。

「幼馴染に抱かれる夢を見たみたい……」
「おいおい、なんだそりゃ」
「……私が女になって勝人に抱かれる」
「おい、大丈夫か?」

 香織の目に力が戻ってきた。それと同時に昨夜の熱いひとときを思い出す。
 胸まで駆けていた羽毛の薄掛けをガバッと持ち上げて顔まで隠した。

「女にされて勝人に抱かれて正真正銘の女になった夢だったけど……」

 顔の上半分を布団から出して笑っている。優しい眼差しが勝人を見上げている。

「どうやら現実みたい、ね」

 勝人の微笑には男らしい優しさがあった。大切な物を愛しむ眼差しが香織を包む。

「夜中にえらくうなされてたから、何か病気かと思ってたよ」
「うん……」
「ほんとに大丈夫なのか?」
「平気だよ。元気だもん」

 気丈に振舞ってるようにしか見えない勝人はとにかく心配だった。

「なんか無理してるだろ」
「たぶんだけど、ね」
「多分?」
「女がなる病気かも……」
「え? なんだそれ」
「誰かを好きになる病」

 香織は僅かに顔を持ち上げて、勝人の右頬へキスをしたあと微笑んだ。静かに微笑む勝人はお礼に香織の唇を塞いだ。
 緩やかな時間が流れる早朝のひととき。時計の針はあと10分で6時になるところだった。

 香織の左側で肘枕に寝ている勝人の左手が、布団の中からゆっくりと上がってきて無造作に香織の左乳房に触れた。やや陥没気味の乳首周りに指で円を描き始 める。
 乳首に触れず離れず速くなったり遅くなったり……ピクッと乳首が震えて起き上がり始めた。

「女の体っておもしれーなぁ」
「まさと、朝から……ダメよ」

 勝人は無視して円を描き続ける。時々別の指で乳首の先端をクリクリと突付きながら。

「まっ……まさと、だめ……かんじ……」

 勝人は何かを言おうとした香織の唇をふさいだ。勝人の唇と舌が香織の上唇を弄る。我慢しきれず香織が舌を出すと、勝人はその舌を甘噛みして強く吸った。

「こっちだけじゃ不公平だよな」

 そういって勝人の指は左乳首から肌の上をなぞって右乳首へ移動する。
 指の通った後がチリチリと熱い。

「まさと……あぁぁ、だめ! まさと……」
「ダメって言ったって……体は正直だぜ」
「でも……でも、でも……」
「かおり」

 ひとしきり乳首を苛めた勝人の左手はスーッと足元へ降りていく。
 何をされるか分かっていながら香織は全く抵抗できない。勝人にされるがままを受け入れている。
 腹部を縦に横切った指がへその穴にポコンと収まって動きを止めた。へそは体内と直接つながっていた部分だけに、ここを刺激されると内臓全部を刺激される ような快感があった。
 香織は目を閉じて甘い吐息を漏らす。
 グリグリとへそ穴を弄った指は再び下部を目指す。香織は勝人の気ままな戯れを受け入れている。勝人の左手は香織の股間に到達した。
中指が割れ目の上を上に下にと撫で始める。トロ〜リとした感触が香織を包んでいく。

「まさっ、あぁ……はぁあぁぁぁぁ……だめ……」
「なにが?」
「だから……んはぁ! だ……! だめだって、あぁぁぁ……」
「んじゃ、やめようか?」

 意地悪そうな笑顔で勝人は香織を見下ろしている。既に恍惚の表情を浮かべた香織は笑いなから呟く。

「それもだめ……」
「んじゃ、どうして欲しい?」
 
 そう言いながら指が秘裂を押し分けて、スイートスポットを刺激し始めた。布団の中から甘酸っぱい匂いが上がってくる。

「香織、どうして欲しいか言ってみ。俺が出来る範囲なら何でもするから」

 羽毛布団のヘリを握り締めて恍惚の表情を浮かべていた香織は、微笑んだまま勝人を見ているだけだ。
 もはや何も言葉にならないのかもしれない。香織の心は既にどこか遠く高い空中をフワフワと漂っているようだ。

「こんな俺でもエロ本とか見てたんだぜ」

 微笑しか浮かべない香織は既に何も理解できていないかもしれない。

「この奥のほうの……この辺りってすげー感じるらしいんだけど……どう?」

 そう言うと勝人の指は香織の蜜壷の最奥を目指した。一番長い中指が根元まで差し込まれてグイグイと奥を目指す。香織は体をよじって声をあげるだけだっ た。

「んはぁ! あぁぁぁんんんんんんっっっっっっっはぁ! ああぁぁぁぁぁ……」

 膣内最奥の子宮口付近にあるボルチオ性感帯と呼ばれる部分。ここを開発されると女は相当イクらしい……そんな知識だけで勝人は香織を弄り続けるのだ が……

「ま、さと……もうダメ……まっ。まさと……ぁんはぁっ!」

 香織の精神が持たないかもしれない……勝人はそう思った。
 そして香織が無意識に愛撫していた勝人の剛直がハチ切れそうに起立していた。

「ちょうだい……まさとの……これが欲しい……」

 勝人は始めて体を起こして布団をはぐと、香織の両足を肩に担いで正常位でグッと押し込み始めた。ゆっくりゆっくり香織の反応を見ながら奥へ奥へと。
 非常にゆっくりとしたペースでピストンを続けていると、香織の体が波打つように揺れていた。香織の意識は真っ白を通り越して無我の世界をフワフワと漂っ ているのだった。

「あ゛ぁ……まさ……う゛ぁんぁんっはぁん゛う゛んぐぁはぁ……」
「香織……何語だそれ」
「ば、ばか……んはぁ! あぁぁぁぁっっっっっ!」
「まさと……届いてるよ。一番奥に……感じるよ……」

 甘く激しい吐息しか漏らさなくなった香織はどこか壊れた人形になっていた。
 勝人の体に抱きついて快感を貪る壊れた人形……

「かおり! いくよ! さぁ! いく、んんん!」

 抱きついていた香織の体から力がフッと抜けてベットに倒れこんだ。勝人のペニスが吐き出した白い濁流を全部受け止めて、香織はどこか遠いところへ行って しまった。
 ペニスを引き抜いた勝人は、自分のペニスが先端から根元まで赤く染まっているのに気が付いた。
 あわててティッシュを取ろうと手を伸ばしたのだが、その手を香織が握り締め引き寄せられてしまった。

「おねがい……行かないで……そばに居て……おねがい……」

 息も絶え絶えな香織はそう言って勝人を引き寄せると、まるで意識を失うように眠ってしまった。恍惚の満足感に包まれて眠る香織の髪を勝人は撫で続けた。

 こういう時って男は損だな……
 そんな事を思いながら勝人も眠りに落ちた。

 ふと、どこか遠くの草原をほっつき歩いていた意識が返ってきたのは8時を回った頃だった。

「おい! 香織! 時間がヤバイ!」
「ん……え? …………あ゛!」

 汗にまみれた二人は飛び起きた。

「シャワー! シャワー!」
 そういって二人してザブザブとお湯を被る。風呂から出てきた勝人は昨夜投げ捨てたTシャツとパンツを手に取ったのだが、まだまだ雨に濡れていた。

「あっちゃぁ〜。冷てーな……」
「ちょっと貸して! 直ぐに洗って乾燥機入れれば15分だから」
「良いよ、着干しするから」
「だめ! 臭いでしょ!」

 そう言って香織は勝人から衣類一式を奪い取ると全自動洗濯機へ放り込んだ。素っ裸のまま立ち尽くす勝人はモジモジしている。
香織は新しいバスタオルを出すと勝人に放り投げた。

「それ巻いて待ってて! なんか順番待ちみたいだね。アハハ!」

 そう笑って香織はテキパキと家事をこなす。素早く新しい下着に着替えてセーラー服に身を包むとベットを綺麗に直した。
甘酸っぱい匂いの残っているベットシーツと布団をまとめてランドリールームに集め、今度は濡れ雑巾とモップを持って昨夜二人で戯れたリビングの床とソ ファーを綺麗に拭いた。
アチコチに色んな汁が飛び散って固まっていたが、それが何であるかできる限り考えないようにしながら掃除を終えた。

 斜めドラムの洗濯機が洗い終えて乾燥モードに移り、あと3分の表示が出ていた。それを見ながら勝人は勝手にキッチンの冷蔵庫を開けて麦茶を飲んでいる。

「香織! お前の分ここに置くぞ!」
「ありがとー! もう終わるからねー!」

 共働き新婚夫婦の朝といった風情だが、彼らはまだ学生なのだった。

「勝人! 洗い終わったよ!」

 そういって香織は服を渡した。花の香りがする洗い立ての服を勝人は受け取って袖を通す。汗と雨でひどい匂いだった服が洗い上がりでとても気持ちよかっ た。

 8時半を回って二人は部屋を出た、出発前に部屋を綺麗に片付けるのは施設に居た頃からの癖になっている。物を片付ける事が苦手だった香織とは思えない手 際の良さだ。
 エレベーターで下に降りながら勝人は思った。

 もう俺の知ってるあいつはどこにも居ないんだな……ここに居るのは香織なんだ……

 どこか諦めをつけるだけの理由を見つけたような、そんな気がしていた。

「すっかり遅くなっちゃったね」

 香織の笑顔が勝人には少し寂しかった。
「あぁ〜そうだな……って、あ! いけね」
「どうしたの?」
「早朝練習忘れてた」
 勝人はそれを今更気が付いた。

「良いじゃん、朝からしっかり運動したんだから……」

 香織の笑顔に小悪魔が宿る。

「そうだな……公約どおりハットトリック達成だし」
「でも3点目はダメね、オフサイドよ」
「なんでだよぉ〜」
「だって夜が明けてたもん。オフサイドライン割ったらダメね、幻の3点目」
「厳しい審判だなぁ〜」

 そう言って二人は笑った。エレベーターのドアが開き10階に降り立つ。いつもは教室で飯を食う勝人は腰を抜かさんばかりに驚く。広く豪華な食堂は既にも ぬけの殻だった。
 しかし、なぜか2人分の朝食が用意されている。香織がいつも座る席とその隣に2つ並んだモーニングセット、小さな紙に沙織達の走り書きが置いてあった。

『おはよう香織! おめでとうだね!』
『香織! めっちゃ良い男やん!』
『先を越されちゃったなぁ〜』
『冷えてるだろうけど 二人で食べるとおいしいよね!』

 沙織……

 紙を握り締めて席に着いた香織。沙織の心遣いは涙が出るほど嬉しかった。
 勝人と並んで冷めてしまったパンを食べ、いつもより遅い朝食を済ませた。

「冷えたトーストっていまいちだな。腹いっぱい食うには少ないし」
「でも二人で食べるとおいしいじゃん!」
「そうだな」

 香織はコーヒーをしっかり飲んでからタワーを出て3号棟の講堂へ急いだ。勝人はロッカーによって制服に着替えてから行くという。

「今夜も部屋に来てね……」
 香織の笑顔が勝人には眩しいほどだった。
「あぁ、わかった!」
「着替えを全部もって着てね!」
 そういって授業に入っていった。
 朝からしっかり勝人の精を受けて香織は幸せだった。

 大講堂では本日の授業で『相対性理論における時間概念の速度変化を考察する』と題したよく眠れそうな話をしそうな博士が教壇に立ち、授業開始のベルを 待っていた。
 ぎりぎりで講堂に入った香織は開いてる席を探したのだが、手招きしている沙織たちを見つけて小走りに走っていった。

「おはよう沙織! 朝食ありがとう!」
「おはよう香織! どうだった?」
「え? なにが?」

 後ろの席の光子たちも弄りに加わった。

「な〜にゆーてんねん! 昨日の夜は目撃してたんやでぇ〜」
「まさか香織が地蔵の武田君を攻略するとはねぇ」
「で、早速搾り取ったんでしょ?」
「そやねぇ。夜は長いしなぁ」

 言いたい放題のタワー組だが恵美だけ様子がちょっと違った。

「恵美はなんではにかんでるの?」

 香織の質問には優しい微笑みが添えられていた。
 恵美はモジモジしていたが、それに変わって光子が口を開いた。

「あんなぁ〜、恵美も昨日の夜に男連れ込んでな……」

 そう言ってタワー組はヒューヒューと囃し立てる。

「もぉ〜凄かったで。ホンマすごい! 夜中まで獣が唸って眠れへんかった」

 ふと昨夜の事を思い出した香織もちょっと赤くなった。
 大声でよがり狂った自分の声が誰かに聞かれたんじゃないか…
 それを考えるだけで恥ずかしくなった。しかし、それ以上に思った事は──

「で、恵美の彼はだれなの?」

「今夜紹介します」
 恵美がボソッと呟くと真っ赤になって恥ずかしがった。

「そこ! 静粛にしたまえ。授業を始める」
 無粋な指摘を行って博士は授業を始めた。勝人の事をあれこれ追及されなくて済んでちょっとホッとしたのだった。

 昼食時の食堂。沢山の学生でごった返す所だが、何時の頃からかVIP席と呼ばれるエリアが出来ている。通称タワー組と呼ばれる女子生徒が固まって座る事 の多い場所。
 今日は珍しく6人が全員そろって昼食を取っていた。今日の話題はまだ相手を見つけていない3人について。そして──

「川口」

 そう呼ばれて振り返ると真田が立っていた。
 当然、タワー組5人の目がいっせいに注がれる。

「こういう事を聞くのは失礼だろうけど……」
「うん、分かってる……ごめんなさい」
「いや、謝らないでくれ」
「勝人から……いや、武田君から話を聞いたの?」
「いや、口もきいてないが……」

 香織は俯いてしばらく考えたあと、なにか吹っ切れたように口を開いた。

「真田君、ごめんね……でも、彼は……幼馴染なのよ」

 真田は大きく目を見開いて驚いている。しかし、それ以上にタワー組が大きく驚いていた。

「香織! だいじょうぶなんか!」
「そうよ、平気なの?」

 香織はカラカラと鈴音で笑った、と言うより笑うしかなかった。

「なんか記憶がスポンジみたいになってるけど、平気みたいね……よくわからないけど」

 ガックリとうなだれる真田、大きな体を小さくして寂しそうにしている。
 香織は椅子から立ち上がって真田を抱きしめた。

「真田君、ありがとう……女は好きって言われると嬉しいよ、ほんとに嬉しいのよ」

 そう言って笑った。それを真田は見下ろしている。

「でも、私にはあなたの思いを受けるだけの部分が無かったの。ごめんなさい」

 そういってフッと離れた。数歩下がって真田は天井を見上げた。
 握り締めた拳がワナワナと震えている。

「川口……突き放してくれてありがとう……幸せを祈るよ」

 そういって食堂から飛び出していった。再び席に着いた香織の頬を涙が伝う。

「もてる女はつらいわね」
 香織はそう呟く。
「嫌味にしか聞こえないわね」
 その一言に光子が反応する。
「ちょー険悪なムード!」沙織が囃し立てる。
「……いわゆる問題発言だった?」
 香織は相変わらずだ。

「ウチもはよ良い男さがさんとアカンわなぁ〜」
 とほほ、と俯く光子がいまだ一人身の男衆から視線を集めている事に、誰も気が付いていなかった。


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