「チクショー! どこ行ったんだオッサン! ……ここは一体どこなんだ」
誠はトイレから出る長いスカートをヒラヒラさせながら広く長い廊下を走った。
さっきのトイレと同様、ここも綺麗な絨毯敷きの廊下だ。やはりここは何処かのホテルの中のようだ。
廊下にはスーツやドレス姿のフォーマルな服装をした男女が数人歩いていた。
「なんだ? こいつら……これから結婚式でもあるのか?」
周りの男女は誠の姿を見付けるなり、少し驚いた様子で誠の事を見ていた。
「それにしてもこいつら何さっきからジロジロ見てんだ? ……そんなにこの僕が珍しいか?」
”ぐきっ”
「あ、いてて! あーこの靴走りにくい! くそっ! こんなハイヒール……」

誠は長いスカート穿いている上にハイヒールを履いているため、足がもつれて上手く走ることができない。
足を止め、その白いハイヒールを脱ぎ裸足になろうとしたそのとき、何処からとも無く声が聞こえてきた。
「おい……おい! 聞こえるか? ワシじゃ! ワシじゃ!」
それはあの教授の声だった。誠は驚いて辺りを見回した。
「どこた? どこにいる!?」
しかし声はすれども何処にもその姿は見えない。
「それにしてもお前さん、な〜んてハシタナイ格好してるんじゃ。ブラジャーまでめくって、おっぱい丸見えじゃぞ〜」
「え、あわわっ! 忘れてた!」
(どうりで周りの皆が注目するわけだ……)
誠は気が動転していたのか、キャミソールとブラをたくし上げたまま、乳房もあらわな状態で走っていた。

「ほら! ワシが今から時間を止めてやるから、その間にちゃんと服を直せ。せっかくプログラムした清楚なお嬢様が台無しじゃ」
そう言うと突然、回りの人の動きが止まった。
歩いている足を上げたままの者や口元もポカンと開いたままのおしゃべり中の女性のたち、そして時計の秒針も止まっていた。本当に時が止まっているよう だ……
「いったい……これは?」
慣れない手つきでブラを直しながら回りを見渡し、キャミを下ろす誠。
(ぶ、ブラが……何処かよじれてる。さっきより背中が痒くて気持ち悪い……)
「一体どこにいるんです」
「はは……探しても無駄じゃよ。今ワシはモニタの前でお前さんを見ておる。ワシの声はお前さんの脳に直接届いておるから、耳をふさいでも聞こえる」
「モニタ? ってことは僕は……ココはどこですか? 僕に一体何をしたんですか?」
「別に何もしとらん。あれから指一本お前さんには触ってはおらんよ。お前さんはまだ深い眠りの”夢”の中じゃ……と言っても普通の夢ともまた違う。試しに 自分の頬っぺたをつねってみろ」
「いてて! 痛い……ほんとにこれが夢の中? いつもと変わらない現実じゃ……」
「いや現実でもない。嘘の世界……正確にはコンピュータが作り上げた仮想世界の中じゃ。プログラムされた世界が直接お前さんの脳細胞に信号を送り、
あたかも本当にその世界にいるような錯覚を起こさせているだけで、本人は全く気がついていないだけじゃ」
誠はようやく事態が飲み込めた。
「て、事は……ひょっとしてさっきから」
「ああ、もちろん、一部始終お前さんのストリップまで見させてもらったよ。
ワシの童……イヤ純情な助手たちもさっきのお前さんの姿に興奮して鼻血まで出しておる……ま、それはさておき、実験は大成功だったんじゃが、一つ手違い が……」
「手違い……ああ、だろうね。僕をこんな姿にしたんだから…」
「はは、すまん。申し訳ない。実はパラメータの設定ミスでお前さんの女性の役に設定してしまった。
しかもこのプログラムが結婚式用のシナリオになっていてな、そのままだと黙っていてもお前さんは花嫁さんにされてしまう」
「げっ! この僕が花嫁?! かんべんしてくれよ!」
誠は叫んだ。
「まさに限りなく現実的な結婚式シミュレータじゃ。これは実用化すればかなりイケると思うが、題して”夢の門出”なかなかいいタイトルだろ」
「はいはい、なかなかいいタイトルで。でもこれからどうするんですか? これじゃ実験は失敗と同じでしょ?」
「まぁ少々予定外な事じゃったが、これも研究材料としては面白い。大丈夫! 別に男が仮想世界で女になっても理論的には害は無いし。
どうだね? そのままこの”夢”仮想現実の続きを引き受けてはくれないかねぇ? もちろん報酬は今の倍払うよ。
ま、どうしても帰りたいというのならば仕方が無いが……君の判断に任せる」
(今の倍! 金……うっ……その言葉に弱い………)
「ほ、ほんとに大丈夫なんですか? じゃ、じゃあもうちょっと続けこうかな……」
「よし! そうこなくっちゃ!」

「ところでもう一人、僕の横にいたあの女の人はどうなったんですか? もしかして僕と同じこの世界の中にいるとか……?」
「その通り。実は本当は彼女が花嫁役になるはずだんたんじゃが……この通りお前さんがその役になってしまったからな。
逆に彼女はお前さんが演じるはずだった新郎役……つまり男として同じ仮想世界に存在しておる」
「やれやれ、僕もあの女の人もとんだ災難だな……」
「彼女も今別の男子トイレでお前さん以上にパニくってるところじゃ。これから彼女の方も説得せにゃならんが……」
「一つ聞いてもいいですか? 僕も最初そうだったんだけどなんで彼女も同じようにトイレにいるんですか?」
「いい質問だ。実はこっちの現実世界とそっちの仮想世界を結んでいるゲートウェイ……つまり出入り口がトイレなんじゃ。
だから再びこっちの現実世界に戻るには、どこでもいいからトイレ(大)に入って目を閉じて5秒間息を止める動作をすれば無事に目が覚める」
(……そ、それって、よーするにトイレで大きいの出すときみたいにリキめばいいってことだよな……でもなんでトイレ……?)

「それはそうと彼女の説得じゃ。恐らくこっちの方が説得に時間かかりそうじゃから、あんまりお前さんと話している暇は無いんでな。
悪いがもうしばらくそこに待機していてくれ。準備が出来たら再びプログラムを動作させるから心の準備でもしておいてくれ。
じゃ、誠くん……いや、今は♀だから……そうだな………『誠(マコト)』から取って『麻子(マコ)』にしよう。
お前さんはこの世界では『相田麻子』という24歳の清楚で可憐な、文字通り嫁入り前の汚れのない娘という設定でデータを入れなおしておく。
(24歳で処女……って、ありえねぇと思うが……?)

「あとは……そうじゃな、今のその言葉使いでは何だから悪いが、お前さんの脳ミソの言語野にちょっと細工させてもらうよ。
なに大丈夫。一種の催眠術のようなものでお前さんの言葉使いを少し変えるだけじゃよ。それも今のその姿に似合ったものにな」
「催眠術? 言葉使い? ……なんなのよ、それ? あんまり私の頭に変な事しないでください」
「フフフ……そう言う割にはまんざらでもないんじゃないかい? ……それじゃあちょっと待っててね、カワイイ麻子ちゃん!」
そう言うとぷっつりと頭の中に響いていたラジオのようなノイズは消え声もしなくなった。

「まったく……何が『麻子ちゃん』よ! 冗談じゃないわ! ……でもまぁ報酬はずむって言うし、ここは少々我慢するしかないか…」
相変わらず時が止まって静まり返るホテルのロビーに立ちすくむ誠……いや今は麻子である。
「それにしてもこの私が花嫁? ……信じられない。これはきっと悪い夢よ……これから一体どうなっちゃうの?」


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