高揚した気分が落ち着くと寒気が襲ってきた。
雨の中を傘も差さずに走り続けたのだから無理も無い、白いバスローブ、そして長い黒髪もまた雨に濡れ肌に張り付いていた。
 俺は公園のトイレに入り、逃げるときに掴んだワイシャツとスラックスに着替えることにした。
想像どおりそれは今の俺には大きすぎて何回も袖と裾を折り返すことになった。
 だが幸いなことにスラックスにはこの服の持ち主・・・草川の財布が入っていた。これで当分の間の生活には困らない。
服は明日買うとして今日はとりあえず宿を探すことにした。
 
 宿を探して街を彷徨う。冷たい雨と好奇の視線が降り注ぐ。18そこらの女がこんな格好でうろついているのだから無理も無い。
自由な街の空気をもう少し味わいたかったが身体が冷える前にホテルにチェックインすることにした。
 財布に入っていた現金は限りがある、当然選んだ宿は安い場末のモーテルだった。
シャワールームに入りシャツとスラックスを脱ぎ捨てシャワーを浴びる。
 熱いお湯が冷たい雨を押し流し疲れをも洗い流してくれる気がした。
 シャワールームの大きな鏡に華奢な裸身が映る、思わず見とれてしまうその身体は綺麗だった。
この身体が自分でなければ今すぐにでも抱きたい、そう思わずにはいられなかった。
 だが鏡に 映るのは少女ただ1人、男である"大塚邦夫"の姿はどこにも無かった。
 気がつくと頬を熱い涙が流れ落ちる。・・・自由になり嬉しいはずなのに・・・
 いや・・・理由はわかっていた、自分自身を失った悲しさだ。草川の元から逃げ出した今、元に戻る術は無い。
だからといって元の鳥篭の生活に戻る気など無い、俺はすべての思考を断ち切るように今日はもう眠ることにした。
 朝がやってきた、静かで穏やかな朝だ。身支度を整えホテルを出た。
 今日の朝食は牛丼屋の朝定食だ、味噌汁の温かい旨さが身体の芯まで染み渡った。
味自体は草川の家で出された物の方がずっと旨かったが今自分が食べている290円の朝定食はそれよりもずっと旨く感じられた。
 時間は10時を回り街に活気が溢れ出した。夢中で駆け出した昨夜とは違いにぎやかな街の雑踏が心地良く感じられた。
 デパートに入り洋服を探す。サイズはわかっていたのでさほどは苦労はしなかったが、下着を買うときはさすがに恥ずかしかった。
この身体では男用ではさすがに着心地が悪く、仕方なく女用を買った。
別に下着コーナーにいても不審がられることは無いのだが中身の俺にとっては顔から火が出る思いだ。
 それでも何セットかの下着とラフなジーンズ、シャツを何枚か買いそのままデパートのトイレで着替えた。
 着替え終わり今まで着ていた物をゴミ箱に捨て去る、これで現金以外は草川の元から持ち出したものは何も無くなった。
ただそれだけの事だが俺はなんだか嬉しい気分で一杯になった。

 一通りの買い物を終えると既に時間は1時を回っていた。俺は少し遅めの昼食をファミレスで取りながら残りの現金を数えてみた。残り・・・25,039 円。
 このファミレスでの食事代を払うと残り23,809円になる。まだ大丈夫だがこの先の為にも何か仕事を探さなくては。
そう思いファミレスの入り口に無料の求人誌が置いてあったのを思い出した。
 食後のコーヒーを啜りながら求人誌の隅から隅まで目を通す、自分が思っていた以上に条件に合う仕事がありほっと胸をなでおろした。
残っていたコーヒーを飲み干すと早速行動に移すことにした。

 6時間後・・・・昼間とは打って変わり俺は現実の厳しさに打ちのめされていた。結果から言うとどこも俺を雇ってくれる所は無かった。
 そしてその理由は明確である。その理由とは・・・俺には身分が無いということだ。当然身分を証明できるものも無い。
求人誌に載っているような所では採用してくれるはずも無かった。
 どこの店でも工場でも身分の無い俺は門前払いだった。
 「あーあ、しょうがない明日は個人の店に当たってみるか」
 ため息と共に吐き出した台詞は自分への励ましだ、また明日がんばろうそう心に誓いまた安い宿を求めて俺は繁華街へと向かった。
 次の日も・・・そしてその次の日も俺は店という店をくまなく仕事を探して回った。しかし小さな店すら身分の無い俺を雇ってくれる店は無かった。
 中には疲れ果てた俺を気遣い食事を出してくれた人もいたが仕事までは与えてはくれなかった。所持金も1万円を切り、俺の心を絶望感が支配していた。

 仕事を探し始めて既に1週間がたった。相変わらず仕事は見つからない。所持金も底をつこうとしていた。
 ここ数日は食費を浮かせる為に1日1食しか食事を取っていない。そのせいもあるだろうか足取りも重く目には生気がまるで感じられない。
 それでも店があるたびに店主に頼み込む、その繰り返しだった。
 今日27回目のお願いも無残に打ち砕かれた。すでに体力、精神力共には限界だった。既に惰性で歩く俺の足は自然とある場所へと向かっていた。
 その場所は、俺の・・・大塚邦夫のアパートだった。アパートを見つけ部屋の前に立つと既に限界だった俺はその場に倒れ込んでしまった。
 ゆっくりと世界が黒くフェイドアウトして行く・・・そして最後の瞬間目に入ったのは既に他人の物に変わっていた表札だった・・・

 ・・・もう・・・・俺に・・・帰るべき所は無い・・・・

 それを最後に俺の記憶はぷつりと途切れた。再び意識を取り戻したとき目に飛び込んできたのは見慣れたアパートの天井、そして見知らぬ男の姿だった。


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