「あ・・・気がついた?」
目を覚ました俺を心配そうに男が覗き込んでいた。
「ここは・・・どこだ?それに・・・あなたは?」
「ああ、ここは僕の部屋さ、仕事から帰ってきたら君が部屋の前で倒れてたからびっくりしたよ」
そう男に言われ辺りを見回す・・・・この部屋は見覚えがある。
置かれている家具は違うが目覚めたとき見た天井、壁の模様・・・前に俺が住んでいたアパートと同じものだ。
そうか・・・俺は・・自分のアパートに向かってそれから・・・・記憶が無い・・・。どうやら現在の住人に介抱されたらしい。
つまり・・・ここは元俺の部屋で・・・現在目の前にいるこの男の部屋というわけか。
それが確認でき生きているという安心感がある一方で別の不安が頭の中で沸きあがってきた。
なぜこの男は俺を助けたのか?単なる親切心か、それとも正義感か・・・あるいは男の下心?
今の俺は18の小娘だ男に襲われれば抵抗する術は無い。・・・逃げなければ。
「ありがとう、もう大丈夫だから・・・・」
そう言い立ち上がろうとする。・・・・が、身体が床に打ち付けられたように動かない。
ろくに食事も採らず1週間近く歩き続けたつけが今回ってきたようだ。
「あ・・・無理しないで。今日は泊まって良いから」
俺の心の中で信用するなと警告が鳴り響く、しかし目の前にいる男の顔は優しげだった。
「いや、そんな悪いですよ」
俺は柔らかく拒絶の言葉を口にする。しかし男は優しく俺をたしなめる。
・・・信用するな・・・信用するな・・・信用するな・・・・俺は自分に言い聞かせるように心の内で叫び続けた。
・・・ぐぅぅ・・・きゅるるぅ・・・
お腹が自分の意思にささやかな反論をした。・・・恥ずかしい・・・
「ぷっ・・・ははは・・・ほら・・・お腹も空いているんだろ」
結局俺は恥ずかしさと男の優しさに折れた。
「そういえば名前を聞いてなかったな、僕は風間 真(まこと)君は?」
「お・・・私は大塚く・・・瑠璃・・・大塚瑠璃」
出来るだけ不自然さを出さないよう俺はそう答えた。この男に余計なことを言って厄介なことにしたくない。
俺は"大塚瑠璃"を演じる事を心に決めた。
男・・・風間が台所に入り2人分の夕食を作っている。その間俺はリビングでテレビを見ることにした。
当然ながら"俺"の失踪に関するニュースは無かった。天気予報が明日の天気を告げ、ニュース番組が終わるとCMを経てくだらないバラエティ番組が始まっ
た。
芸能人が雑談する、ただそれだけの内容の無い番組だ。見ていてもしょうがない、俺はテレビの電源を切った。
「おまたせ」
テレビの電源を切ると同時に風間が料理を手にリビングに入ってきた。
今日のメニューは肉じゃがのようだ。いい香りが俺の食欲を刺激する。
肉じゃがを口に運ぶ、肉の旨みがしみこんだジャガイモのうまみが口の中に広がる。
・・・うまい・・・この男1人ぐらいの男にしては料理が上手い。それに・・・なんだろう・・・あれ・・・俺・・・泣いている?
ぽろり、ぽろりと涙がこぼれ落ちた。なぜだろうこの肉じゃがを食べると涙が止まらない。
そうか・・・俺は嬉しいんだ俺のために作ってくれたこの料理が・・・人間らしく接してくれた事が・・・・
「ありがとう・・・風間さん」
自然にその言葉が出た。風間は唖然とした顔で俺を見ている。それでも俺の涙は止まらなかった。
食事を終え、せめてもの礼として食事の片付けをした。カチャカチャと音を立てながら食器を洗っていると風間はちらちらとこちらの様子を窺っている。
そういえばこの男こちらの事情を聞かないな・・・・まあ、ありがたいけど。
どういうつもりで俺を助けたのか・・・判らない・・・ただ、悪い男には思えない。断定するには早すぎるだろうが俺にはそう思えた。
シャワーを浴び部屋に戻ると風間は既に眠っていた、気を使ってくれたのか風間はベッドではなくソファーで毛布に包まり眠っていた。
「風間さ・・・」
俺がベッドで寝るのでは申し訳ないと思い起こそうとしたがやめた。既に夢の住人の風間を起こす方が悪いと思ったからだ。
俺は素直に風間の厚意を受け取り1週間ぶりのベッドで眠りについた。