「う・・・ん・・・」
心地良い朝日を浴び目が覚めた、こんなに気持ちいい朝は何年ぶりだろう。時計に目をやると時計の針は6時を指し示していた。
まだ街は活動をしていない静かな時間だ。監獄での永い生活が今だ身体に染み付き用も無いのにこの時間に目覚めてしまう。
・・・現実の世界には良い事なんか何も無いのに・・・俺は大きなため息をついた。
傍らを見ると風間はソファーで寝返りをうっている。俺は昨夜から考えていた・・・この男にこのまま甘えていていいのか・・・
と、このまま風間が目を覚まし礼を言い別れても待っているのは餓えとの戦い、あるいは草川の元での屈辱的な生活だろう。
それならばいっそ女としてこの男に取り入って暮らした方が良いのではないか・・・・
って何を考えている・・・俺は男だ、何で男と同棲しなきゃならんのだ。第一・・・そんな都合よく行くものか。
俺は雑念を振り切るためシャワーを浴びることにした。
ざぁぁぁぁぁ・・・・
熱いお湯が身体を流れ落ちてゆく。
疲れもお湯と共に身体から流れ落ちてゆくような心地良いシャワーだが、頭の中で自問自答される問に心が晴れることは無かった。
蛇口を絞りシャワールームから出る。バスタオル一枚でリビングを覗くと風間はまだソファーで眠っていた。
呑気に眠るこの男に邪な考えが有るとは到底思えない・・・・
しかし次の瞬間俺は別のことで驚いていた。
・・・俺・・・・この男を信じようとしている・・・
そういえば昨日もなぜ俺はこの男を簡単に信じてしまったのか・・・判らない。
こんなにひどい目にあってもなぜこの男を・・・他人を信じようとする、信じなければ辛い思いなんてしなくてすむのに。
シャワーを使わせてもらった礼の代わりに溜まっていた洗濯物を洗濯することにした。
溜まっていたといっても一人暮らし、たいした量ではない。
水量と乾燥時間をセットしスイッチを押すだけの恩返しはすぐに終わってしまった。洗濯機のモーターの音が部屋に響く。
何かやることが無いか探す。今の俺にとって考える時間が生まれるのが怖い。先刻考えていたようなことを考えるのが怖いのだ。
それでも心の中で風間のことを考えることは止まらなかった。
洗濯機が止まり時計の針は7時30分を指していた。ソファーでは風間が大あくびをして目覚めていた。
その頃俺は・・・朝食を作っていた。
我ながらまるで通い妻のようだと俺は自嘲気味に笑っていた。
「あ・・・おはよう瑠璃ちゃん朝ごはん作ってくれたんだ」
「うん、ありきたりなものだけどね」
・・・反吐が出る、女言葉を使っている自分が気持ち悪かった。
「ところで瑠璃ちゃん、今日は家に帰るんでしょ?」
やはり・・・というか当然の質問が風間の口から出た。しかし俺には答える術は無くただ黙り込むしかなかった。
沈黙と気まずい空気が部屋を支配する。時計の針が動くのが遅い・・・・どうする、どうやって答えるべきか・・・刻だけがただ流れていった。
「あ・・・なにか事情があるなら無理に答えなくていいよ。もし帰りたくないならここにいてもいい・・・だから・・・そんな顔しないで」
この沈黙を破ったのは風間だった。その顔は悲しげで本気で俺のことを考えてくれているように思えた。
「ありがとう・・・ありがとう・・・」
その声は本心から出た声だった。表の意識では他人なんか・・・・男なんかに頼りたくは無い。
そう思っているのに熱い涙がこぼれ落ちる。それは俺の偽りの無い本心なのかもしれない。
そんな俺を風間はそっと受け止めてくれた。
2人ですっかり冷めてしまったオムレツを頬張る。冷めてしまって美味しくないはずなのにそれはものすごくおいしかった。
それから俺の奇妙な同棲生活が始まった。
幸いなことに風間は喫茶店を営んでおり俺はそこで働くことが出来た。
風間は別に働かなくても良いとは言ったがそれでは俺の気がすまなかった。
仕事自体はなんてことは無い皿洗いやウェイター・・・・いや、今の俺の場合ウェイトレスか・・・・
たまにお客さんに冷やかされて恥ずかしかったが数年ぶりの人間らしい生活に俺は感動すら覚えていた。
・・・そして自分のことを自然に"俺"ではなく"私"と呼ぶようになった頃・・・私はいつのまにかこの男に好意をもってしまった。
始めは親切にされたから・・・・だけど今は純粋にこの男が好きだ。この気持ちに気づいたとき私は自分の気持ちに必死で反抗した。
思考が女の身体に流されているとか気のせいだとか色々な言い訳を考えたがどれも自分をごまかすことは出来なかった。
・・・愛しい・・・・
その気持ちは既に誤魔化しが効かないほど大きく膨れ上がり心を圧迫する。
もしも・・・素直に言ってしまえたら・・・・駄目だ、戸籍すらない私にそんな資格は無い・・・
それに私の独りよがりだったら・・・掴んだささやかな幸せが崩壊するのが怖く、一線を踏み越えることができなかった。
そんなある日一枚の手紙が私のささやかな幸せを打ち崩してしまった。